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感謝の力
(2020.8.4 最終更新日 2023.7.23)
感謝は、する側にもされる側にも何かをもたらします。このセクションでは、主に感謝をする側に焦点を当てます。なお、感謝におけるポジティブな感情をとりあげ、感謝とともに感じやすい負債感やすまないという感情は、別のセクション(「すまないという心の力」)で扱います。
このセクションの内容
北京オリンピックにおける日本と米国のカーリングの試合で、ショットを放つ藤沢選手の手には漢字で「感謝」という文字が書かれていました。リンク先は、2/16 日刊スポーツ、21:10配信、撮影・菅敏 (2022.3.8アクセス)
感謝のもつ力
感謝は、感謝の心と行為を含み、全体として、様々な結果をもたらします。このセクションでは、感謝の心を起点として話を進めます。
感謝の心は、ただ感じるだけの受け身の心ではありません。感謝の心は、積極的に、自分や他の人々の幸福に向けた様々な行動を引き起こす感情です。その意味で、感謝の心は力をもちます。それは、自分や他の人々の幸福に向けて働く力であり、よりよく生きるために働く力です。最近の言葉を使って言いかえると、感謝は、well-beingに向かう力であるとともに、well -beingに含まれる力です(well-beingについては、注1参照)。
注1
Well -being は、1946年のWHO憲章において新たに述べられた健康概念です。単に、病気にかかっていないということではなく、広く身体的な面、精神的な面、社会的な面において良好であること、そして、それらを達成し維持する実践が含まれます。訳すのは難しく、「幸福感」などと訳されることもありましたが、最近は、「well-being」や「ウェルビーイング」と記される場合が多く見受けられます。また、その内容をめぐって議論がなされています。例えば、Riff(1989)は、主観的Well-being、主観的幸福感に対して、「心理的well-being」という概念を提案しました。また、Seligman, M (2012)は、
P(Positive emotion/ポジティブな感情)
E(Engagement/物事への積極的な関わり)
R(Relationship/他者とのよい関係)
M(Meaning/人生の意義の自覚)
A(Accomplishment/達成感)
からなるPERMA を提案しています。
心理学の研究では、well-beingの基本的な概念の下に、関連する心理的尺度を選択して用いられたり、構成されたwell-being尺度が用いられています。
文献
Ryff, C.D. 1989 Happiness is everything, or is it? Explorations on the meaning of psychological well-being. Journal of Personality and Social Psychology, 57, 1069-1081.
Seligman, M. E. (2012). Flourish: A visionary new understanding of happiness and well-being. Simon and Schuster.

図1. 感謝、well-being、その他の要因の概略
Hypothetical relations between gratitude, well-being, and other variables
感謝の力を示す研究
心理学では、感謝の心の力を示す数多くの研究が行われています。代表的な研究を紹介します。
相関研究
一つは、相関研究といわれるものです。感謝の心、つまり感謝を感じる傾向と、様々な人格特性、well-beingなどとの相関関係を調べる研究です。それらの心理的性質は、質問項目からなる質問紙によって測定されます。アメリカ合衆国で行われた大学生を対象とした先駆的な研究では、感謝特性尺度(GQ-6)は、生活満足度(.53)、主観的幸福感(.50)、バイタリティ(.46)、楽観性(.51)と正(プラス)の相関をもち、不安(-.20)、抑鬱傾向(-.30)と負の相関を持つことが見いだされています(かっこの中の数字は相関係数)(McCullough, Emmons,& Tsang,2002)。
その後、多数の研究が行われています。Portocarrero, Gonzalez, and Ekema-Agbaw (2020)は、感謝特性dispositional gratitudeとwell-beingとの関係を扱った、英語、スペイン語、ポルトガル語による144の論文で報告された研究結果に対してメタ分析を行いました。つまり、これまでに得られた研究結果について総合的な分析を行い、感謝特性が、positive well-being (幸福感、生活満足等)と正の相関があり、またnegative well-being(不安傾向、抑うつ等)と負の相関があると結論づけています。
さらに、感謝特性が向社会性(利他性、分かち合い等の傾向)と正の関連をもつことも、別の研究者によるメタ分析によって明らかになっています(Ma, Tunney, & Ferguson, 2017)。
なお、相関研究は、二つの変数のどちらが原因であるのかを明らかにする訳ではありません。これまで述べてきた研究結果も、感謝が原因とも考えられますが、結果として感謝心が高まるという解釈も可能です。加えて、相互に影響しあった結果である可能性も十分に考えられます。その点は注意が必要です。
感謝を経験することの効果の研究
もう一つは、感謝の気持ちを経験するという実験的な手続きによって、well-beingなどが変化をするかを調べる研究です。なかでも、「感謝を数える方法」はよく用いられています。研究の参加者に、例えば一週間に一度、その週で感謝することをあげてもらうという実験手続きを用います。先駆的な研究が、Emmons & McCullough(2003)によって行われています。結果は、概ね、感謝という経験がwell-beingのさまざまな面に対してプラスの効果をもつというものでした。
その後の研究に影響を与えた研究ですので、手短に研究の概略を説明します。彼らの論文には3つの研究が報告されていますが、研究1では,一週間のうちで感謝したことを 5つ以内記録する感謝条件、厄介な出来事を5つ記録する煩雑条件、影響力のあった出来事を 5つ記録する出来事条件を設定し、実験参加者は、いずれかの条件に振り分けられました。各々の条件にしたがって、10週間の間、参加者は毎週1度、記録した回答用紙の提出が求められました。
それぞれの条件の効果を調べるために、以下の項目が実験の事前と事後に調べられました―「気分」「体調」「運動時間(激しい運動と適度な運動)」「包括的なWell-beingの評価(現在の生活全般の質と未来の生活全般への期待,他者との関係)」「サポートに対する反応」「カフェインを飲んだ量」「アルコールを飲んだ量」「アスピリン錠や痛み止めを飲んだ量」「前日の夜の睡眠時間と質」「向社会的行動(道具的サポートと情緒的サポート)」。結果を要約すれば、感謝条件において、Well-beingに関わる得点が高いという結果が得られました 。
これらの研究以降、同様の研究が数多く行われています。そして、それらの研究結果を総合して結論を導くメタ分析もいくつか行われるようになりました。しかし、それらの分析結果は、必ずしもこの方法の大きな効果を示してはいません。例えば、Cregg & Cheavens (2021)は、不安傾向や抑うつ傾向に対して、感謝を記録することがどの程度の効果をもつのかを、これまでの研究結果にもとづくメタ分析により検討しています。その結果、感謝することを書きとどめるという方法の効果は控えめmodestであり、不安傾向や抑うつという症状に対しては、より効果の大きい他の技法を採用することを推薦すると結論づけています。
この分析結果は、「感謝が力となる」(well-beingを高める)ためには、いくつかの条件や手続きが必要であることを示唆しています。
例えば、文化的な背景も影響しているかもしれません。アメリカ合衆国において、肯定的な結果を報告するいくつかの研究がある一方で、日本と韓国では効果がみられないという研究もあります(例えば、相川・矢田・吉野、2013; Lee, Choi, &, Lyubomirsky, 2013)。
いくつかの解釈が考えられますが、私たちは、次のように考えています―ある文化的環境、例えば日本や韓国では、感謝は、同時に心理的負債感やすまないというネガティブな感情を伴いやすい。したがって、感謝の経験から短期間においては、主観的幸福感のような感情の変化は生じにくい。生じる可能性があるのはより深いレベルでの変化であるが、それが生じるためには、感謝の経験にもとづいて、他者や社会と自己との関係を考え直すことが必要である。その結果として、より洗練されたwell-beingの状態に達することが考えられる(Naito, & Washizu, 2010)。
このセッションでとりあげた「感謝の経験のもつ効果の研究」は、むしろ、感謝が「より確実な力」をもつためには、何らかの条件や経験が必要であることを示唆しています。
感謝はどのようにして力になるのか1 (提案されたいくつかの仮説)
感謝は、広く自分や他者の幸福に向かって働く力です。なかでも、感謝の心、つまり感謝をする人格特性(傾向)がwell-beingを高めるという仮説は、多くの研究によって検討され、支持されつつあります。
それでは、感謝の心をもつことは、どのようなメカニズムで、well-beingに影響するのでしょうか。現在のところ、唯一の有力な学説といったものはなさそうです。むしろ、感謝の心がwell-beingに影響を与える道筋は、一つとは限らないとも思います。
そこで、提案されているいくつかの仮説をここでは紹介したいと思います。Wood, Froh, and Geraghty (2010)は、およそ2010年までに提起された、感謝心とWell-beingとの関係に関する4つの仮説をとりあげています。それらの仮説を初めに紹介します。
・感謝のスキーマが感謝心を高め、well-beingを導く
第1は、スキーマ理論による仮説です。感謝心の強い人は、他者から恩恵を受けたとき、その行為を、自分にとって価値があること、利他的な動機でなされたこと、そして、大きなコストをかけて行われたと解釈する傾向があります。別の言葉でいえば、そのような解釈を行う図式、枠組み(スキーマ)をもっています。このような傾向の結果、感謝心の強い人は、感謝を感じることが多く、感謝にもとづく思いやり行動も増加します。そして、さらに、他の人々からの援助を受ける機会も増加します。
・感謝の心をもつ人はストレス状況において、社会的資源を有効に用い、その結果well-beingを高める
第2は、コーピング仮説です。コーピングとは、ストレス状況における対処、対応を意味する言葉です。感謝の気持ちをもちやすい人は、適切なコーピング、つまり、問題が起こったときに、家族や友人を初めとする「社会的な資源」を積極的に活かして、問題に取り組む傾向があるという研究結果があります。感謝の心をもつ人は、適切に人や社会に頼ることができるといってもよいでしょう。逆に、例えば薬物使用のような回避的行動をとる傾向は低いとされます。
・ 感謝の気持ちに含まれるポジティブな感情が、well-being をもたらす
第3は、ポジティブ感情仮説です。一般的なポジティブ感情、つまり快く感じる感情は、それが習慣的に経験されることにより、不適応状態に対して効果があるとされています。感謝も、ポジティブ感情を含みます。感謝心のもつwell-beingへの効果は、この「一般的なポジティブ感情」のwell-beingへの効果であるというのが、第3の仮説です。
なお、話を複雑にしてしまいますが、感謝のwell-beingへの効果は「すべて」この一般的なポジティブ感情によるものであるという仮説に対しては、Woodら(2010)は、感謝心のwell-beingへの効果が一般的なポジティブ感情の効果だけでは説明できないという研究結果をもとに否定しています。
感謝によって経験する感情には、一般的なポジティブ感情とともに、感謝固有の感情もあると考えられます。
また、それらの感情には、プレゼントをもらったときのように感謝の直後に感じる短期的な感情もあれば、人間関係の支えを知ったことによる安心感のような長期的感情も含まれると考えられます。
第3の仮説は、さらに分析され、より洗練された仮説として、感謝の効果を説明する有力なものになると考えられます。
・感謝感情は、ポジティブ感情をともなうがが、ポジティブ感情は、思考と行動をより"広い"ものにし、その結果well-beingを高める
第4は、拡張・形成仮説と呼ばれています。これは、Fredrickson (2001)により提唱された一般的理論であり、「ポジティブな感情は、思考や行動のレパートリーを一時的に拡張する傾向があり、その結果個人のもつ資源が培われることになる」とされます。これを感謝の心に当てはめると、感謝の心は、感謝の経験を生じさせますが、感謝にともなう安らかな感情の状態は、広くものごとを考えさせるようになり、その結果個人の能力を高めるという仮説です。
以上がWoodらがとりあげた4つの仮説です。その他にも、Algoe(2012)による感謝の“find-remind-and-bind”理論があります。感謝は,将来的に質の高い人間関係を築いていくことのできるパートナーを発見すること(find)や,現在自分とそのような関係にあるパートナーを再認識すること(remind)を促し,他者との絆を強くする(bind)機能をもち,そのような機能を通じて人間関係の形成・保持・発展を促進するというものです。
これらの仮説が必ずしも相互に矛盾するという訳ではなく、両立する場合も考えられます。また、感謝が力になる道筋は、一つだけとは限りません。
そもそも、感謝が、感謝の心から行動までを含んでいるとすれば、その効果は多様であってもおかしくありません。以上の仮説を眺めていると、感謝とwell-beingの関係について図1のような全体像が浮かんできます。簡単に、図1の説明をします。
感謝の気持ちに至るまで:
感謝のスキーマが十分に活性化されているとき、つまり、感謝の心あるいは感謝の構えによって、他者や自分に対して心が開かれているとき、感謝をする前にすでに得られるものがあります。
例えば、感謝のスキーマは、「感謝をしなければならないことは何か」と問うことによって活性化されるでしょう。そして、他の人々や自分自身の心に耳を傾けることになります。そのような心のあり方は、感謝に結びつかなくても、他の人々との関係の質を高め、well-beingを高めると推測されます。
感謝の感情の経験:
次は感謝を感じたとき、あるいは感じているときです。感謝は、文化や状況によって、負債感情などさまざまな感情が伴いますが、ポジティブな感情は、感謝の主たる感情の一つとして経験されます。そのなかには、プレゼントをもらった直後のような短期間の喜びの感情もあれば、関係が強まることによる長期的な信頼感、安心感のような感情も含まれます。これらのポジティブな感情は、他の負の感情、例えば抑うつや不安を、抑える可能性があり、well-beingに影響を与える可能性をもちます。
感謝の感情を感じた後、そして感謝を表わした後:
三つめは、感謝を表現したり、感謝によって何らかの行動が生まれた後です。感謝の後、他者、集団、社会との信頼関係は、より強いものになる傾向があります。感謝は、結果として、対人関係を質量ともにより豊かなものにし、また、集団や社会における相互的な援助の質を高めると考えられます。ペイフォワードという言葉があります。それは、感謝を感じた人が、恩恵を受けた人以外の人々にも援助などを行うことです。援助的な行動が広がっていくことは、想像できます。
感謝は、様々な形でwell-beingを高めますが、それぞれの過程について明らかになることが期待されます。
なお、well-beingについて一言述べたいと思います。well-beingの一般的な内容については、共有されやすいかもしれません。しかし、その具体的内容について決めることはなかなか難しいと思います。しかも、時代を超えたwell-beingとなるとなおさらです。「well-beingとは何か」という問いは、永遠に続く問いではないでしょうか。それは、「幸福」や「理想」の内容が、時代とともに常に問い直されていくのと同じです。そして、well-beingを高めるものとしての感謝の意義もまた、問い続けられることになります。
参考 道徳的な力としての感謝
このセクションの最後に、感謝の力の一つの例として、「道徳的な力」について説明をします。
アメリカ合衆国の心理学者、マッカラ(McCullough, M.E.) らは、感謝が、人から助けられる等の道徳的な事柄によって生まれること、そして生じた感謝の心は、他の人々を助ける等の道徳的な行為を生み出すことから、「道徳的感情」と呼ぶに相応しいと主張しています(McCullough, et al.,2001)。感謝は、道徳的な力をもつ感情であるといってもよいでしょう。
そこで、なぜ、感謝が道徳的な力なのかを、マッカラらの主張にもとづいて説明します。
a .感謝の心は、道徳的な行動を生じさせること
感謝の心は、恩恵を与えてくれた人に対する恩返しの行動を生みます。それも道徳的行動の一つといえるでしょう。しかし、それだけにとどまりません。感謝の気持ちをもつと、恩恵を与えてくれた相手だけではなく、その他の人々の幸福を目的とした行動への意欲が高まります。一例をあげれば、特定の個人が助けてくれたことへの感謝は、その人が助けてくれるようになったさまざまな原因を認識することによって、感謝の範囲は広がるでしょう。
b. 感謝は関係を道徳的な関係に変えること
マッカラらは、感謝は、「道徳的バロメーターmoral barometer」であるといいます。他の人に助けられたとき、単に「うまくいってよかった」「助かった」という感情だけではなく、感謝の気持ちをもったとき、お互いの関係は一変します。そこには、損得の関係とは別のいわば「人と人との関係」「道徳的な関係」が芽生えています。見方を変えれば、感謝があるかないかは、その関係が道徳的なものであるかどうかを示しています。
私たちの言葉でいえば、「感謝は、関係を道徳的な関係に変える力」をもちます。
文献
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相川充・矢田さゆり・吉野優香 (2013). 感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験.東京学芸大学紀要 総合教育科学系1,64,125-138.
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Algoe, S. B. (2012). Find, remind, and bind: The functions of gratitude in everyday relationships.Social and Personality Psychology Compass, 6(6), 455-469.
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Cregg, D. R., & Cheavens, J. S. (2021). Gratitude interventions: Effective self-help? A meta-analysis of the impact on symptoms of depression and anxiety. Journal of Happiness Studies, 22(1), 413-445.
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Emmons, R. A., & McCullough M. E (2003). Counting blessings versus burdens: An experimental investigation of gratitude and subjective well-being in daily life. Journal of Personality and Social Psychology, 84, 377-389.
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Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions. American psychologist, 56(3), 218-226.
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Froh, J.J. et al. (2014). Nice thinking! An educational intervention that teaches children to think gratefully. School Psychology Review 43(2), 132-152.
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Lee, L, K., Choi, H. I., &, Lyubomirsky, S. (2013). Culture matters when designing a successful happiness-increasing activity. Journal of Cross-Cultural Psychology, 44(8),1294-1303.
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Ma, L. K., Tunney, R. J., & Ferguson, E.(2017). Does gratitude enhance prosociality?: A meta-analytic review”. Psychological Bulletin, 143(6), 601-635.
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McCullough, M. E., Emmons, R.A., & Tsang, J (2002).The grateful disposition:A conceptual and empirical topography.Journal of Personality and Social Psychology, 82,112–127.
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Portocarrero, F. F., Gonzalez, K., & Ekema-Agbaw, M. (2020). A meta-analytic review of the relationship between dispositional gratitude and well-being. Personality and Individual Differences, 164, 110101.
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Wood, A. M., Froh, J. J., & Geraghty, A. W. (2010). Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychology Review, 30(7), 890-905.
セクション本文終わり