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神道と仏教における感謝

     

(内藤俊史・鷲巣奈保子、2020.8.4  最終更新日2026.9.12)

(​所要時間:約15分)

田のなかの稲荷社(川越市内にて撮影、2026.9.9)

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 はじめに

   世界には数多くの宗教が存在し、多くの人々がそれらを信じています。感謝は、それらの宗教の多くにおいて重要な位置を占めてきました。このページでは、日本人の心や行動に影響を与えてきた神道と仏教をとりあげます。

  もちろん、宗教の教えの内容がそのまま私たちの感謝のあり方を示す訳ではありません。しかし、私たちの感謝を方向づけたり、逆に私たちの感謝のあり方を反映するものとして、感謝を探究する際の道標の一つになります。

   このページの目的は、それぞれの宗教の基本的な考えのなかに、今後の感謝研究のためのヒントを見出すことにあります。

 そのため、宗派による違いなどの細部には踏み込みません。また、神道と仏教を比較することを目的としていません。神道と仏教は相互に影響を受けつつ現在に至っています(神仏習合の時代など)。そのため、両者に共通する事柄も多く見られます。 

  

 このページの内容は、次の論文の一部を加筆修正したものです。  

  内藤俊史(2012) 修養と道徳―感謝心の修養と道徳教育.『人間形成と修養に関する総合的研究 野間教育研究所紀要』、51 集、529-577. 

 

神社のおみくじに述べられている神-自然への感謝

​​神社でひいたおみくじの文​の一部。「カミ(自然)に感謝」とあります(2010.12.29。大神神社,奈良県​)。

神道における感謝―自然、神、先祖への感謝  

 神道は、日本で生まれた民族的宗教とされますが、「神社神道」「国家神道」「教派神道」などの言葉があり、さまざまな形態や立場が含まれています。このページでは、日本各地の神社で行われる祭祀と、その背景となる思想という意味での神道をとりあげます(神社神道)。以下「神道」という語はそのような立場を指します。

  神道は、特定の教典をもたず、伝統的な儀式や生活様式のなかにその世界観や教えが組み込まれているといわれます。日本で暮らす人々にとって神社は馴染みのある存在であると思います。神社は全国津々浦々にあり、七五三などの年齢儀礼や祭りなどの年中行事のために、神社を訪れたことがある方も多いと思います。多くの人々は、そのような儀式や慣習のなかで神道を実践しているともいえます。

  神道において、感謝はどのような意義をもつものとされてきたのでしょうか。以下に神道における感謝の特徴として4つをあげます。

・神-自然に対する感謝

 初めにあげる特徴は、神-自然に対する感謝に焦点が当てられていることです。神道では、自然、動物、卓越した人物の霊など、人の力の及ばない力をもち畏怖や尊敬の対象とされるものは、広く神として扱われてきました。自然の現象を、神々の織りなすドラマとしてとらえる神道では、農産物を初めとする自然の恵みは神々による恵みでもあります。したがって、農産物の収穫に当たって、多くの地域で神への感謝を表すための秋祭り(収穫祭)が行われています。

 このように、「自然への感謝」は、神道における感謝の特徴として第一にあげることができるでしょう。

 実際、山、海、岩石などの自然物を、ご神体として祀っている神社は数多く存在します。神社は、もともと山、岩、巨木などをご神体として拝むという形式や、降臨する神を受け入れるという形から、神が常に神社に鎮座するという形へと変わっていったとされます。古い時代の形を残す神社としてよく知られている神社の一つは、大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る奈良県櫻井市の大神神社(おおみわじんじゃ)です。三輪山が御神体とされ、神を祀る本殿はなく、拝殿から三輪山を拝みます。

 

参考 山の神への感謝

注意 音声が出ます。

 リンク先は「NHKアーカイブ 岩木山の登拝行事」(2008年取材)です。青森県弘前市で行われる伝統行事が紹介されています。岩木山神社への参詣(舞の奉納などを含む)を経て、岩木山に登拝し、山の神に五穀豊穣を感謝します。 (2023年10月4日アクセス) 

・ 亡くなった家族や先祖への感謝

 死後についての伝統的信念の一つとして、人は死とともに穢れをもつ霊となり、その後年月の経過とともに穢れは消え、さらに個別性を超えて、氏神、山の神、海の神などとして人々を見守るようになるという信念があります(柳田、1975)。この信念は、先祖への感謝、さらには先祖に対する信仰へと展開してきたと考えられます。 

 ただし、現在の日本における葬儀の形式やその背景とされる死生観は、中世以降に展開した日本の仏教から大きな影響を受けています(詳しくは葬式仏教についての論考、松尾(2011、2014)を参考のこと)。

 次に参考として挙げるお盆行事は、仏教の盂蘭盆会を起源とし、日本古来の祖霊信仰や死生観が基盤となって展開されてきました。

参考 お盆の風景

注意 音声が出ます。

 お盆は、日本の各地で見られる、亡くなられた人々に感謝をし供養するための年中行事です。この期間、先祖の霊を家に招いて共に過ごします。日本の各地には、さまざまなお盆の行事が伝統として伝わっています。リンク先は、NHKアーカイブ「淡路島  沼島の長い盆ご先祖様へ心づくしのおもてなし」として2018年に放送された番組です。伝統的なお盆行事の一つの姿が描かれています(2026.9.7にアクセス)。

・感謝によりもたらされるものを強調する傾向  

 3つ目は、恩恵を受けたことに対する応えとしての感謝とともに、感謝がもたらすものを強調する傾向があることです。葉室(2000)は、神道の立場から感謝の意義について、次のような逆説的な表現をしています。 

 「幸福が与えられたから感謝するのではなく、感謝するからこそ幸福が与えられるのです」(葉室、2000、p.19)。 

 感謝の心をもって神を拝むとき、神と相通じることが可能になり、神の恩恵を受けることになるといいます。葉室によると、感謝は、恩恵を与えてくれた人に対する補償的な行為として相互のやり取りを完結させるものではありません。感謝は、他から受けた恩恵に対して生まれる感情や行動であるとともに、新たな力を生じさせるものです。「ありがとう」という言葉を心から発するときに私たちの心は力をもちます。

 

・儀式における感謝の表明  

 4つ目は、神や自然への感謝が、祭などの儀式のなかで組織的に表明されることです。例えば、秋にはその年の五穀の収穫を神々に感謝するために、伊勢神宮では神嘗祭が行われます。また、宮中や全国の神社では新嘗祭が執り行われます。

  先に述べたように、神道には教典に相当するものはありませんが、他の宗教と同様に多くの儀式を含んでいます。こうした儀式を通じて、神道の「教え」が人々に伝えられてきたと考えられます。

  それでは、神道に基づく祭事は、人々の心にどのような思いを伝えてきたのでしょうか。この問いに答えることは容易ではありません。祭事には多様な種類があり、また祭事において各人が果たす役割もさまざまであるためです。しかし、祭事がもつ影響について、今日関心が高まっていることは確かです(本サイトのページ、「感謝に起源をもつ民俗芸能と祭り」を参照)。

  例えば、宮崎県の高千穂では、地域の人々が神々に捧げる神楽を支えています。神楽は、神や自然の恵みに対する感謝のために演じられますが、その過程で、演じることによる心身の健康の増進や、神楽を伝承するための世代間の交流などが生まれます。神々への感謝が儀式という形を生み出し、生活のさまざまな側面に影響を及ぼしていることが示唆されます(福島、2003。高千穂の神楽の紹介は、ひむか学ネット、感謝の舞)。

  

参考 伊勢神宮における神嘗祭

    注意  音声が出ます。

 先に述べたように、神道における自然への感謝を示す儀式として、神嘗祭(かんなめさい)があります。リンク先は、伊勢神宮作成による伊勢神宮で行われる神嘗祭の動画です(2021.1.11にアクセス)。 

日本の仏教における感謝-恩の思想

 仏教は、インドを発祥の地として6世紀に日本に伝わったといわれています。以降、仏教は日本の社会において変化をしつつ長期にわたって日本人の心に大きな影響を与えてきました。

 仏教学では、感謝よりも恩という概念に焦点が当てられてきたようです注1 以下に、仏教における「恩」という概念の特徴を探ってみたいと思います。   

・知恩と報恩の区別―恩の分析

   仏教では、恩をめぐってさまざまな概念が展開されましたが、そのなかに「知恩」と「報恩」があります。日常、この二つを分けて考えることはほとんどないと思いますが、恩の二つのあり方を考えることによって、新たな面に光が当てられるのではないかと思います。

「知恩」

   恩の側面の一つは、恩を知るという側面です。恩を知ることは、仏教の根幹となる教えと密接な関係があります。仏教の基本的な原理として縁起説があります(例えば、水野、1972)。それは、世界のあらゆるものが相互依存の関係のなかで成り立っているという考えであり、人々はこの真実に目覚めなければならないとされます。この考えが「他による恩を知ること」の基礎になるのは明らかと思われます。

「報恩」   

    受けた恩恵に対して報いるという意味での報恩は、日本では「鶴の恩返し」などの説話のテーマとしてよく知られています。しかし、仏教学者の壬生(1975)によれば、インド初期仏教の考えが収められている原始経典には、「恩を知る」という意味の知恩に該当する語は見られるものの、報恩に該当する語を見出すのは難しいといいます。報恩という概念は、その後成立した大乗仏教において強調されるようになり、さらに、大乗仏教の伝わった中国において、当時の社会規範、つまり皇帝-従者の関係規範や家族内の関係規範が結びつくことによって、確固たる概念になったと考えられます(壬生、1975: 中村、1979)。

・知恩と報恩との間

 報恩という概念は、恩を知った後の新たな課題を明らかにします。報恩という概念には次のような課題が含まれています。  

 「報恩」または「恩返し」という言葉からは、受けた恩に対する 同等かそれ以上のお返しを思い浮かべることでしょう。しかし、このような意味での恩返しを日常生活のなかで徹底するのは難しいのではないでしょうか。なぜなら、私たちの生活には、多くの人々、他の生物、無生物が関わっているはずです。そして、そのなかに恩を受けた多くの人々や事柄が含まれています。さらに、恩人の恩人、そのまた恩人のように間接的に受けている恩を含めれば、その範囲は膨大なものとなるはずです。もし、すべての恩に報いなければならないのだとしたら、私たちは、際限のない恩返しにあけくれることになるでしょう。

 したがって、報恩が、受けた恩すべてに対して恩返しをしなければならないという意味であれば、それは非現実的のように思われます。この素朴な疑問に対して、仏教学者のひろ (1987)は、次のように答えています。

 まず、釈迦の教えでは、恩を知るという意味での知恩の意義が説かれていることを指摘します。その上で、人々に求められているのは、布施行(修行)としての報恩であるとします。布施行は、一言でいえば、見返りを求めずに他者に対して恩恵を与える行為です。報恩は、悟りに近づくための行の一つとして位置づけられます。

  確かに、報恩を修行の一つとしてとらえることは、それが、ある程度、自分自身の判断(=修行への意志)に委ねられることで、多少とも気を楽にさせるかもしれません。   

 しかし、いくつかの問題は残されます。例えば、布施行を行うに当たって、これまで受けた恩のなかでどれを重要なものとして扱い報恩を行うべきなのかという問題は、依然として残されます。実際、仏教の歴史において、重要な恩は何かが問われ続け、四恩説など様々な説が唱えられました。

   知恩―報恩という区別は、「恩を知ること」と「恩に報いること」との間にひそむ大きな問題を明らかにします。

恩を知った後に生まれる、私たちは報恩として何をすべきなのかという問いは、感謝について探究するときの重要な視点です。

 

・感謝のレベル

  仏教では、感謝のあり方として、レベルのようなものは考えられているのでしょうか。個人における恩の意識や感謝心は、成長していくと考えられているのでしょうか。

 ここでは、町田(2009)による解説を紹介します。

 町田(2009)は、感謝の水準について述べています。最初の水準の感謝は、儀礼としての感謝であって、相手から受けた恩恵に対してありがたいという感情をもつことです。それを超える高度な感謝は、どのような相手、例えば敵に対しても感謝をすること、さらには「生きていること自体」への感謝であるといいます。そして、最終的には、災難に対してさえも感謝することができるという境地をあげています。

    このように、悟りに近づくにしたがって、感謝の境地も変わっていきます。悟りの境地に近づくにつれ、世界の見方が変わり(縁起の世界を知り)、個々の恩ではなく、より広く関係づけられた世界における恩を認識します。それとともに、感謝の対象や感謝の姿は変わっていきます。恩恵を与えてくれた人―それ以外の人という区別もなくなり、感謝の対象は、私を成り立たせているあらゆる事柄になります。   

  注意 音声が出ます。

 参考 仏教の曹洞宗の開祖道元による『修証義』(2022/3/27アクセス)

  曹洞宗東海管区教化センターによる『修証義』第五章行持報恩のお経です。音声でお経も味わえます。仏陀が私たちに真理を伝えたことに感謝をすべきであり、その恩に応えるべきである。そして、その恩に応えるために、私たちは、日々修行に努めなければならないと説きます。

 

補足 儒教における恩

   日本の文化に影響を与えた宗教思想は、神道と仏教に限ることはできません。なかでも、儒教は日本の社会や文化に大きな影響を与えてきました。道端(1979)によると、仏教の経典に恩という言葉を見いだすのが容易であるのに対して、儒教の代表的な古典の一つである『礼記』では「恩」の文字の出現頻度は少ないといいます。

 しかし、『礼記』には「恩は仁なり」という言葉が述べられています。仁は儒教の中心的な概念であり、人と人の親愛の情です。道端(1979)によると、仁は親子の感情=孝から始まりますが、孝は恩なくしては考えられません。このような意味で、恩は仁に結びつくのだと解釈されています。つまるところ、恩は、儒教においてもその重要性はかわらないと考えられます。 

 

感謝についてこれから考えるために神道と仏教から  

 このページでは、日本における主たる宗教として神道と仏教をとりあげ、それぞれの宗教のなかに感謝を探究するためのヒントを探してきました。最後に、感謝についてこれから考えを深めていく際に指針になることを、あらためて挙げます。

・感謝の対象の広がり

 感謝の対象は人に限ることはなく、恩恵を与えてくれた神、先祖、自然など、様々な「もの」や「こと」に対して、感謝を感じてきました。

 また、恩恵を与えてくれた「もの」や「こと」への感謝とは別に(超えて)、存在それ自体に対する感謝もあります。

・感謝の働き、機能の二面性

 感謝は、人間としてもつべき心や為すべき行為であるとともに、幸福をもたらすものでもあります。つまり、感謝は、規範的な面と幸福論的な面との二面を併せもちます。

・感謝をするときに背後にある心

    感謝の気持ちや感謝の行動とともに、その背景となる心のあり方に目を向ける必要があります。仏教では、感謝に至る縁起の世界観、神道では清い心(清明心)が背景となっています。感謝はその表れということができます。

・感謝の過程-「知恩」と「報恩」との間

   仏教における知恩と報恩の区別は、恩を知ることと恩に報いることとの間に重要な何かが介在することを示唆しています。つまり、感謝は、「恩を知る-お返しをする」という自動的な返済行為ではありません。恩を知った後に、どのような心が生まれ、どのような行為が導かれるかは、感謝に関わる重要な問題です。

・成長とともに変わる感謝

 仏教では、恩の意識は縁起の世界の理解の深まりとともに移り行くものとされます。つまり、感謝の心は、人間の心の成長とともに、その姿を変えていきます。感謝には、発達あるいは変容という重要な一面があります。

 文献

  • 葉室頼昭 (2000). 『神道 感謝のこころ』. 春秋社.

  • ひむか学ネット https://www.miyazaki-c.ed.jp/himukagaku/unit/yume_08/index.html 2025.4.7アクセス.

  • ひろさちや (1987). 『親と子のお経 父母恩重経』.講談社.

  • 福島 明子(2003).『高千穂夜神楽の健康心理学的研究: 神と人のヘルスケア・システム』. 風間書房. 

  • 松尾剛次(2011). 『葬式仏教の誕生-中世の仏教革命』 平凡社.

  • 町田宗鳳 (2009).  『法然を語る 上』. NHK 出版. 

  • 道端良秀 (1979). 儒教倫理と恩. 仏教思想研究会編 『仏教思想4恩』.平楽寺書店,131-148.

  • 壬生台舜 (1975). 仏教における恩の語義. 壬生台舜編『仏教の倫理思想とその展開』. 大蔵出版, 305-350. 

  • 水野弘元 (1972) .『仏教要語の基礎知識』, 春秋社. 

  • Naito, T., Washizu, N. (2021). Gratitude to family and ancestors as the source for wellbeing in Japanese. Academia Letters, Article 2436.  https://doi.org/10.20935/AL2436 

  • 中村元 (1979). 恩の思想. 仏教思想研究会編, 『仏教思想4恩』. 平楽寺書店,  1-55.

  • 柳田国男 (1975). 『先祖の話』, 筑摩書房.

 

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注1 

 恩と感謝は、他者から恩恵を受けたときに生じる観念や感情である点では共通するものの、それぞれが意味するものは異なっています。恩は「君主・親などの、めぐみ。いつくしみ」を指すとされます(『広辞苑第六版』岩波書店より)。また、「恩を知る」「恩を忘れない」という言葉があることを考えれば、「恩」は、与えてくれた恩恵そのものやその行為(関わり)を指して用いられるといってよいでしょう。それに対して、「感謝」は、恩恵を与えてくれた相手に対する感情や、その感情を表す行為を指しています。したがって、「恩」=「感謝」という訳ではありません。このように考えると、仏教における恩の思想では、感謝の前提として恩の認識が説かれているともいえるかもしれません。

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