感謝の発達―児童期から高齢期まで
(内藤俊史・鷲巣奈保子、2020.8.4 最終更新日 2024.7.6)
感謝の心や行動は、年齢とともにどのように変わっていくのでしょうか、そして、生涯のそれぞれの時期でどのような意義をもつのでしょうか。
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年齢と感謝
私たちは、生涯を通して「他」との関わりのなかで生きています。「他」との関わりは、成長とともに広がり、変化をします。人は、その都度生じる新たな課題、つまり発達上の課題に取り組みます(Erikson, 1977,1980)。感謝の心や行動は、それぞれの時期における発達上の課題に取り組むなかで、様々な姿を表わします。
次にあげる表1は、それぞれの時期における感謝の姿または感謝のテーマです (詳しくは、Naito & Washizu,2019)。発達の時期の区分については、研究者によってさまざまな区分が提案されていますが、ここでは、「児童期」「青年期」「成人期」「高齢期」という 区分を採用しています。
表1 発達の各時期における感謝のテーマ
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[児童期とそれ以前 ] 感謝の言葉や行動、そしてその背景にある感謝の目的・効用、感謝に関わる基本的なルールを習得します。
[青年期] 社会的-歴史的世界において自分は何者なのか、つまり「自己アイデンティティ」を探究します。より広い視野の下で、これまで感じてきた感謝の意義やその適切性をあらためて問い直します。
[成人期] 家族や社会を維持、発展させる責任とともに、次の世代へのつながりを自覚します。感謝の対象と強さは、責任を果たすための関わりを認識するにつれて拡大をします。
[高齢期] 人生を振り返り、人生の意義を考えます。社会、世界、自然の歴史のなかに人生を位置づけ、あらためて感謝の対象や感謝のあり方を探ります。
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以下、「児童期とそれ以前」「青年期」「成人期」「高齢期」の各時期における感謝のテーマについて説明をします。
児童期まで ―「感謝」の習得
この時期における感謝のテーマは、 感謝の表現(言葉や行動)と、感謝の意義を学ぶことです。しかし、そのことは、児童期において、感謝という「心理-行動」のセットが、新たに獲得されることを意味している訳ではありません。
第一に、感謝には、人の動機の理解や因果関係の認識など、さまざまな知的能力や知識が前提とされています(このサイトの頁「感謝の判断の構造」参照)。それら感謝の源資は、感謝の行動や意味を学ぶ前から育ち始めています。
第二に、感謝の行動と意義の習得は、児童期で完了するという訳ではありません。生涯を通じて、感謝のあり方は発達を続けます。ゲームでたとえれば、ゲームの規則を学びゲームの参加資格を得た後も、そのゲームに強くなるための技や能力が必要になるのと似ています。
児童期には、感謝の基本的な特徴のいくつかが学ばれます。
感謝の行動(言葉)
子どもたちは、「何かをもらったときにはありがとうと言う」など、単純化された感謝の社会的ルーティンから学び始めると考えられます。単純な学習のようですが、次に紹介するアメリカ合衆国で行われた研究が示すように、さほど簡単な学習ではありません。
Grief and Gleason (1980)は、5 歳の子どもたちが親と一緒にいるときに、挨拶の言葉や感謝の言葉を声にするかどうかを、実験室のなかで観察しました。その結果、86%の子どもは、親がきっかけや手がかりを与えたときに感謝の言葉を発しましたが、それらがないときには、感謝の言葉を声にした子どもは7%に過ぎませんでした。
さまざまな状況で自発的な感謝の行動が可能になるためには、さまざまな知的能力の獲得が必要になります。
感謝の概念
子どもたちは、より洗練された感謝のルールや感謝の目的・効果を学びます。児童期における次のような変化が、これまでの研究によって示唆されています。
児童期の初め
およそ小学校低学年までの子どもたちの感謝は、恩恵を与えてくれた人の意図や、費やされた負担(コスト)が十分に考慮されない傾向にあります。この時期の子どもたちが、恩恵を与えてくれた人の立場に立って考えることが難しいことが、一つの原因と考えられます。このような場合の感謝の典型は、「Xをしてもらったらありがとうと言う」といった紋切り型の感謝です。
児童期の後期
小学校の高学年になると、恩恵を与えてくれた人の意図が、その人に感謝をするかどうかの重要な決定因になります。つまり、恩恵を与えた人が、規則や義務、あるいは他者からの命令によるのではなく、「相手のために」という自発的な意思に基づいて恩恵を施したときに、感謝を受けるに値すると考えるようになります。
また、恩恵を与えた人が費やした負担(コスト)に応じて、感謝の程度は異なるべきだと考えるようになります。
したがって、「高い犠牲を払ってでも、自分のために自発的に恩恵を与えてくれた人」への感謝は強くなり、相互の関係は強められます。つまり、感謝は、特定の関係を強めることに寄与するようになります
青年期 ―自己アイデンティティの探究と感謝の再構成
青年期の年齢区分については諸説ありますが、ここでは10代前半から20代後半を想定します。青年期のあり方には個人差も考えられますが、典型的と思われる感謝のあり方を描くことにします。
青年期において、社会的世界は、認識の上でも活動の上でも広がります。児童期で築かれた他者との関係は、より広い社会的視点からとらえられるようになります。そして、あらためて、「自分は何者か」という問いかけ、つまり自己アイデンティティの探究が始まります。このような青年期の特徴は、青年期以前における感謝のあり方への疑念と再考を促します。
青年期の初め-感謝の対象の再考
拡大された社会的な視野に基づいて、それまで感謝の対象とされていた事柄や人々が、感謝の対象として相応しいものであるのか、あらためて問われます。場合によっては、これまで感謝の対象であった親に対する不信や反抗を伴います。
再考の過程では、自分が感謝すべき対象に十分な対応(恩返しなど)をしてきたのかという点にも、反省の目が向けられるようになります。自分が、感謝をすべき対象に対して相応しい対応をしていないと思ったときには、「すまない」という気持ちをもつ可能性が生まれます。
池田(2006)は、中学生から大学生を対象に、青年による母親への感謝について調査をしました。その結果、これまで親から受けてきた恩恵に対して十分に答えていないという感覚によって、「すまなさ」の感情の高まる時期(「母親に対する感謝の自責的な心理状態」)を示唆しています。
青年期の終わり-社会的な視野の下での感謝
その後、職業につくなど、いわゆる社会への参入を果たし、 責任を伴う自立が求められるようになります。また、他者からの恩恵は、その背景にある社会的状況や歴史的状況の因果関連のなかで理解されるようになります。例えば、親から受けた恩恵には、そのような親の行動を可能にした社会的、歴史的背景があることを認識し、より広範囲の対象が自分の幸福と関わりをもつと認識されるようになります。そして、「社会への恩返し」などより広い範囲への恩返しを考えることが可能になります。
成人期 ―家族、社会に対する責任と感謝
ここでは、20代後半から60代前半にかけての時期を成人期とします。
成人期に、特性感謝(感謝の傾向)が高まる傾向が見いだされています。Chopik, Weidmann, & Purol(2022)は、日本を含む88か国におけるインターネットによる大規模な質問調査の結果を分析したところ、各国で共通して、およそ20代後半(25-34歳)から60代前半(55-64歳)までの間、特性感謝つまり感謝傾向が高まることを見いだしました 。
いろいろな解釈が可能です。20代後半になって、家族や職をもつなど安定した社会的関係をもち、自分の幸福に他者が貢献していることに気づく人が多くなるのでしょうか。
高齢期 ― 人生の意味づけと感謝
高齢期の定義やその時期についても、時代的変化や文化差があります。ここでは、およそ65歳以上を高齢期とします。
高齢期は、個人差が大きいといわれます。高齢期の人々を囲む環境に個人差が大きいこと、そして身体的な健康に関しても個人差が大きいからだと考えられます。また、高齢期といっても、初期と後期、さらには超高齢期では相違がみられます。それことを踏まえた上で、高齢期の一般的な傾向を考えたいと思います。
質的な変化と量的な維持
前に引用したChopikら(2022)の分析によると、高齢期以降は、量的な特性感謝つまり感謝の気持ちのもちやすさの程度はあまり変化がないとされています。
しかし、日本の10代から60代の男女に対して、感謝の対象を調べた調査によると、60代では、他の年代に比べて、次の項目への感謝が大きいという結果が得られています―日常生活のささいなこと、自分が生まれてきたこと、自然の恵み、いのちのつながり、自分が過去に苦労したこと、自分が置かれている環境、自分の健康状態、運命、神あるいは仏に対する感謝(池田、2015)。
およそ60歳以降、量としての特性感謝(感謝の気持ちのもちやすさの程度)には変化がないものの、感謝の対象の変化という質的な変化が生じていると考えられます。さらに推測すると、高齢期の初期とされる60代から、感謝の質的な変化が始まり、その結果、特性感謝つまり感謝をする傾向全体は減少しないという解釈も可能です。
高齢者の共通性と発達上の課題
高齢者の一般的な特徴は、身体的に活動可能な領域が狭くなること、そして、自分の生の限界を意識することでしょう。このような条件の下で、この時期の発達上の課題を引き受けます。Erikson (1977) は、生涯にわたる心理的発達の8つの段階を提唱しました(最終的には9つ目の段階が設定されました)。高齢期に当たる第8段階において、人々は自分の人生の意義を、社会-歴史的文脈のなかに見いだし、最終的には死を穏やかに受け入れるという課題を引き受けます。
世界観と人生の物語
人生の意義を見いだす過程で、自分の人生を位置づけるための背景が必要になります。背景には、一般的な社会史観、物理学的宇宙史観、先祖から続く家族史観など、様々なものが考えられます。
高齢者の人々にとって、どのような世界を描くのか、そしてその世界のなかでどのように自分を位置づけるかが課題になります。そして、このサイトの関心は、人がその「世界」において感謝がどのような働きをするか、あるいは感謝がどのように位置づけられるのかという点にあります。
これらの点について、老年学や老年心理学の領域で注目されている「老年的超越」という概念は示唆に富みます。
老年的超越理論は、スウェーデンの社会学者Tornstamによって提唱された、高齢期に生じる価値観の変化と心理的適応との関連を説明する理論です。老年的超越理論によれば、高齢期において、物質主義的で合理的な世界観からより宇宙的で超越的な世界観への移行(これを老年的超越という)が生じ、そのような価値観の変化とそれに伴う心理・行動の変化が、高齢期における主観的幸福感の維持・向上に寄与しているとされます(Tornstam, 2017/2005)。この過程において、感謝が大きな役割を担っていると、私たちは考えています。
一方、日本の高齢者に同様の老年的超越インタビューを行った研究によると、いくつかの共通点が見いだされたものの、宇宙的な視野とは別に、先祖とのつながりに言及する回答が見いだされました(増井、2016)。
これらの研究結果をみると、抽象的な世界観のなかに自己を位置づけるタイプとともに、既に亡くなられた方との関係を介在にして、先祖や神仏の世界との関わりを志向するタイプがあると考えられます(Naito & Washizu, 2021)。
例えば、「お迎え」という現象があります。亡くなられた方から、生前に、既に亡くなられていた親族からの「お迎え」があったという話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
東北のある地域で行われた終末介護の経験者に対する調査によれば、42.3%の方からお迎え現象が報告され、その内52.9%が亡くなっている家族や友人でした(諸岡, 相澤, 田代, 岡部,2008)。自分自身を位置づける死後の世界のイメージに関わる示唆的な現象と言えるでしょう。
もちろん、他にも様々な世界が、個人に応じて描かれることでしょう。各自が描く世界において、感謝はどのような役割をもつのでしょうか。それぞれの人々が適切な世界を描くために、どのようなサポートが可能なのでしょうか。
探究すべき課題が残されています。
文献
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Chopik, W. J., Weidmann, R., Oh, J., & Purol, M. F. (2022). Grateful expectations: Cultural differences in the curvilinear association between age and gratitude. Journal of social and Personal Relationships, 39(10), 3001-3014.
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エリクソン、E.H., 仁科弥生訳(1977、1980). 『幼児期と社会1、2』、みすず書房.
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Gleason, J. B., & Weintraub, S. (1976). The acquisition of routines in child language. Language in Society, 5(02), 129-136.
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Greif, E. B., & Gleason, J. B. (1980). Hi, thanks, and goodbye: More routine information. Language in Society, 9(02), 159-166.
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池田幸恭(2006).「青年期における母親に対する感謝の心理状態の分析」『教育心理学研究』54巻 487‒497.
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池田幸恭(2015).感謝を感じる対象の発達的変化. 和洋女子大学紀要、55、65-75.
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増井幸恵(2016). 老年的超越 日本老年医学会雑誌、53、210-214.https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_53_3_210.pdf
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諸岡了介, 相澤出, 田代志門, 岡部健 (2008).現代の看取りにおける<お迎え>体験の語り : 在宅ホスピス遺族アンケートから.『死生学研究』第9号、東京大学グローバルCOEプログラム「死生学の展開と組織化」、2008年3月9日、205-223頁.
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内藤俊史(2019). 青年期における心理的自立―感謝感情のあり方を通して―.『野間教育研究所紀要』、第 61 集青年の自立と教育文化、238-268.
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Naito, T. and Washizu, N. (2019). Gratitude in life-span development: An overview of comparative studies between different age groups. The Journal of Behavioral Science, 14, 80-93.
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Naito, T., Washizu, N. (2021). Gratitude to family and ancestors as the source for wellbeing in Japanese. Academia Letters, Article 2436. https://doi.org/10.20935/AL2436
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トーンスタム、ラーシュ (2017). 冨澤 公子 (翻訳), タカハシ マサミ.『老年的超越―歳を重ねる幸福感の世界―』. 晃洋房. (Tornstam,L:Gerotranscendence;A Developmental Theory of Positive Aging. Springer Publishing Company, New York, 2005).
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Wood, A. M., Froh, J. J., & Geraghty, A. W. (2010). Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychology Review, 30(7), 890-905.
以下の論文は、高齢者の感謝についての私たちの論文とレポートです。