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感謝判断のための規則
(内藤俊史、2020.8.4 最終更新日 2026.2.14)
感謝を行うかどうかを判断する際に用いられる「感謝の規則」について検討します。さらに、この規則に基づいて適切に感謝を判断するためには、どのような能力が求められるのかを明らかにします。
(所要時間:約5分)
このセクションの内容
感謝に至る判断
感謝の心には、感謝をするかどうか、感謝をするならどの程度の感謝をするかという感謝の判断が含まれます。それには、「じっくりと考える過程」だけではなく、「直感による過程」も含まれます。それは、次のような過程です(図1)。
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自分の利益や幸福に気づく。
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自分の利益や幸福に、「他」(自分以外の何か)が貢献していることを知る。
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後に説明する「感謝の規則」に照らして、感謝に値するか、どの程度の感謝をするべきかを判断する。
ここで「感謝の規則」と呼ぶものは、感謝をするかどうかを判断するための、心の中にある規程集のようなものです。感謝の構造、感謝の文法、感謝規程と呼んでもよいかもしれません。
感謝の規則は、世代や文化によって異なることが予想されますが、私たちの社会のなかではある程度共有されていると考えられます。このページでは、日本の社会における感謝の規則を、仮説として描いてみたいと思います。
感謝の規則
日本の社会で暮らす人々(成人)を想定して、感謝の規則がどのようなものかを考えてみましょう。その際、哲学者や心理学者によって提案された感謝の定義を参考にします (Kant、1797/1969; McCullough他、2001; 内藤、2012: Roberts、2004: Smith、1759/2003。 詳しい説明⇒ページ「資料室」へ。
感謝の規則
次にあげるのは、「私は、私の利益や幸福について、Xさんに感謝をしている」という場合に適用される条件です。
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a. 私の利益や幸福の原因の少なくとも一部は、Xさんであること。
b. Xさんによる恩恵は、私にとって貴重であること(「有り難い」こと)。
貴重であればあるほど、感謝の強さは増します。人によって「貴重さ」の規準は異なる可能性がありますが、一般的には、次の規準が考えられます。
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私が得た利益や幸福の大きさ
動機論的な考えをもつ人の場合には、結果としての利益や幸福よりもXさんの動機が考慮の対象になります。
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Xさんが費やした負担の大きさ
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Xさんの行為の稀少さ
「ありがとう」という言葉は、「有り難し」(=有るのが難しい)に由来するという説があります。その恩恵の希少性は、感謝に影響すると考えられます。
c. Xさんは、望ましいあるいは容認できる行為によって私に恩恵を与えたこと。
Xさんの行為が、私にとって容認できるようなものでないとき、私は、Xさんの行為によってもたらされた幸福や利益について、Xさんに感謝をすることは難しくなるでしょう。
d. 私は、結果としてポジティブな感情をもつこと。
ここでいう「ポジティブな感情」には、私が獲得した利益に対する喜び、Xさんとの絆が強くなったことや絆を確認したことの喜び、Xさんに対する敬意、Xさんに対する尊敬・畏怖があります。
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これらの条件では不十分だと感じる人も少なくないと思います。例えば、次の条件eを加えるべきだという人は多いかもしれません。
e. Xさんは、私の利益や幸福を目的とした自発的な行いによって、私に恩恵を与えたこと。
aでは、利益や幸福の原因が「Xさんによるもの」というあいまいな表現になっていて、Xさんが何らかの形で影響を与えていればよいということになっています。しかし、eは、「私の利益や幸福を目的とした自発的な行いによって」でないと、感謝の条件をみたさないことになります。
その結果、Xさんの行為が他の人の命令に従った場合は除かれます。また、道徳的な義務、法的な義務、その他の規則や慣習に従うことが動機となって行われた場合や、相手を助けるという目的が意識されることなく行われた場合なども、感謝の適用外になります。
なお、現実には、私たちはこのような条件を一つ一つ意識し確認する訳ではありません。例えば、帰り道でうっかり持ち物を落としてしまい、後ろを歩いていた人がそれを拾ってくれたとき、「すみません」「ありがとう」という言葉が出ると思います。しかし、それまでにさほど時間はかからないと思います。その理由は、過去の同様の場面における判断の記憶を利用する等、心理的なプロセスは自動化、省略化されることがあるためです。
以下は、これまでの内容の応用問題です。
感謝の規則に則り感謝をするべきかを適切に判断をするためには、幸福の原因を認識する能力を初めとする認知的能力が必要になります。言いかえれば、感謝の判断を適切に行う人は、それらの能力を備え、それらを適切に発揮できる人です。
以下に、感謝の判断を適切に行う人の特徴を挙げます。
利益や幸福の認識
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自分が受けた利益や幸福に気づく適度な感受性をもつこと。
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出来事や事態を、自分の利益や幸福として解釈する傾向をもつこと
利益や幸福の原因に関わる認識
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自分の利益や幸福の原因を探究するために、他との関係を含む広い視野と枠組みをもつこと。
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自分の利益や幸福の原因を探究するに当たって、事実が自己にとって快いものでなくてもそれを受け入れること。
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恩恵を与えてくれた人の意図とその背景を適切に理解すること。
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恩恵を与えてくれた人の払ったコストを適切に認識すること。
相手にすまないという気持ちや負債感をもたせないようにする方法-感謝の規則から考える
社会で共有されている感謝の規則は、いろいろな場面で確認することができます。
その一つは、恩恵を与えた人が、相手に心理的な負担をかけまいとして投げかける言葉です。例えば、「私は、たいしたことはしていませんから」といった言葉です。それらの言葉は、感謝の規則に則って、事態を感謝をする必要がないようにしようとする企てです。それらの言葉をあらためてみると、感謝の規則における「感謝の原因に関わる規則」を確認することができます。
例をいくつかあげます。
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「自分が貢献できたのは、自分の力ではなく他の人の協力があったからです」(a. 自分が原因であることを避ける言葉)。
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「簡単なことですから」(b.コストの低さ)。
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「(贈り物をするときに)つまらないものですが」(b.利益の少なさ)。
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当たり前のことをしただけです(e. 自分が決定した自発的な行為ではないこと、 またはa.当たり前になっている社会が原因であり自分の判断が原因ではないこと)。
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「お互い様です」「いつもお世話になっていますから(そのお返しです)」(e.自分の意志というよりは公正性の義務に従っているだけである)。
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「見ていられなくなってしたことです」(e.自分のためにしたこと、または意志的に行ったことではないこと)。
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「私の仕事ですから」(e.個人的な自発的行為ではないこと)。
それぞれの言葉は、感謝の規則に照らして、相手が感謝とともに感じがちなすまないという気持ちや心理的負債感を減少させるための工夫と考えられます。感謝と同時に心理的負債感が伴いやすい社会では、相手への配慮からそれらの感情を抑制するような言葉が頻繁に用いられるのではないかと思います。
文献
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Kant, I .(1797/1969). Die Metaphysik der Sitten. Königsberg :Bey Friedrich Nicolovius. (吉沢伝三郎・尾田幸雄訳. カント全集第 11 巻 人倫の形而上学. 理想社,1969 年).
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McCullough, M.E., Kilpatrick, S. D., Emmons, R.E. & Larson,D.B.(2001). Is gratitude a moral affect? Psychological Bulletin, 127, 249-266.
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Roberts, C.R. (2004). The blessings of gratitude: A conceptual analysis. In R. A. Emmons & M. E. McCullough (Eds.), The psychology of gratitude.New York: Oxford University Press. (pp.58-78).
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内藤俊史(2012). 修養と道徳――感謝心の修養と道徳教育.『人間形成と修養に関する総合的研究、 野間教育研究所紀要』、51 集、529-577.
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Smith, Adam (1759/2003). The theory of moral sentiments, first edition. London: A. Miller. (水田洋訳.『道徳感情論』,岩波書店. 2003 年).
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