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満開に咲く桜

感謝の文化差と文化摩擦  

(内藤俊史・鷲巣奈保子 2020.8.4    終更新日2025.12.23 

 感謝の心や行動には、どのような文化差があるのでしょうか。そして、感謝の文化差は、どのような問題を導くのでしょうか。(所要時間:約12分)

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感謝の文化差を理解すること​の大切さ 

 

  感謝のあり方の文化差は、文化間のコミュニケーションにおいて、深刻な相互不信を導くことがあります。

 私たちは、どのようなときに、どのように感謝をするべきかを示す感謝の規範を身に着けていますが、それらをそのまま「人間なら誰でもがそうするはずだ」と考えて、他の文化の人々に適用することがあります。

 例えば、自分たちと異なる形での感謝を「感謝」として理解しそこなうことがあります。その結果、相手のために尽くしたにもかかわらず、感謝をされていないと思って落胆したり、場合によっては人格を無視されたように感じることさえあるでしょう。

 哲学者のカント(1797/1969)は、感謝には尊敬が含まれると論じましたが、まさにその逆の事態、人格を無視された事態とでも言えそうです。感謝についての誤解が相互の深刻な不信感を招きやすいのは、単なる礼儀の問題をこえて、人格の問題にまで及ぶ場合があるためと考えられます。

  次のセクションでは、他の文化に触れた際に生じた感謝をめぐる葛藤の具体例を5つ紹介します。それらは、サイトの著者が目にした事例に基づくものです。そのため5つのうち4つは日本と海外との比較に関する内容となっています。

 また、紹介する事例は、書籍やインターネット上の記事などを資料としており、学会誌に公表された研究ではありません。それは、心理学などの学会で共有されている、客観性を担保するための「データ収集手続きの基準」や「結果の解釈および一般化に関する基準」が、必ずしも意識され適用されているとは限らないことを意味します。この点は、それぞれの著述の価値を直ちに低めるものではありませんが、考慮しておく必要があります。

  とはいえ、これらの事例が、私たちの感謝のあり方は普遍的であるという信念に対して再考を促すものであることは確かです。 

感謝の行動の文化差-5つの例

 

  内容の重複がありますので、いくつか読んで次のセクションにスキップすることも可能です。

a. 感謝を表現することの文化差―インドからアメリカ合衆国に移住した人の例

  Singh(2015)は、インドからアメリカ合衆国へ移住した経験にもとづいて、感謝の表現の文化差について次のように述べています。

 インドでは、ヒンズー語で感謝を意味する「dhanyavaad」(アルファベット表記)で感謝を表わすことはまれであり、もしあるとしてもかなりあらたまった場面であり、まして子ども同士でこの言葉を使うことはありません。

 アメリカ合衆国に移住後、頻繁に用いられる感謝の表現として、"Thank you”を学ぶこととなりました。しかし、久しぶりにインドへ帰郷をしたとき、インドの人々を不快にしてしまいました。兄弟や友人に対して、感謝を言葉にすると、冗談として受けとられたり場合によっては相手を不快にさせてしまいました。

 ヒンズー語での感謝の表現は、相手との新たな関係をもたらすのですが、すでに構築されている親しい関係における感謝の表現は、むしろ関係を悪くしてしまう可能性さえあるのです。 

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b. 感謝の表現の頻度とタイミング―タイに赴任した日本人社員の例 

 斉藤(1999)は、タイでの滞在経験にもとづき、日本とタイにおけるお礼のあり方の相違について著書の中で述べています。日本人である著者がタイに着任し、赴任の挨拶回りをしたときのことです。日本で人気が出ていたポータブルテレビを持参したところ、取引先であるタイのオーナー夫妻は大変喜んでくれました。ところが、その二日後、仕事で顔を合わせた際には、テレビの話題には一切触れられず、もちろん感謝の言葉もまったくありませんでした。
 著者はそのことにひどく落胆しました。確かに、日本人の多くは、その場で一言、感謝があると予想することでしょう。著者は次のように述べています――「日本流に右から左へとお返しをするのは、せっかくの相手の好意を無にする無朕な行為ととられるそうだ。秘書や女性スタッフのばあいは、筆者の誕生日やバレンタインデーに、一年分のお礼とばかり豪華なケーキ、ワインなどをプレゼントしてくれる。これが、タイ・ウェイである」。

 なお、タイの人々の感謝について、別の説明もあります。参考までに加えておきます。Holmes and Tangtongtavy (1995)は、タイの慣習についての著書のなかで、仏教の思想が浸透しているタイでは、プレゼントに対して過度に喜ぶことは強い物欲を示すものとして控えられるのだと説明しています。

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c. お礼のタイミングと頻度―日本における韓国からの留学生の例

 私(内藤)が勤務していた大学で、留学生と研究の相談をしていた際、たまたま感謝やお礼の仕方について話題になったことがあります。その学生は韓国からの留学生で、日本での生活はすでに10年を超えていました(30代・女性)。彼女は、贈り物をもらった後、短期間のうちに何らかのお返しをするという日本の習慣になかなか慣れないとのことでした。現在はその習慣に従ってはいるものの、いまだに違和感があり、今でも何かをプレゼントされると、嬉しい反面、そのお返しをどうするかを考えて気持ちが重くなるそうです。
確かに、日本社会における「お返し」や「お礼」の習慣は、日本人にとっても頭を悩ませるものだと思います。そして、韓国に限らず他の文化圏から日本に来た人々にとっても、これらの習慣を理解し、身につけるには時間がかかることでしょう。 

 コミュニケーションの研究者の大崎(1998)は、日本と韓国との感謝に関わるコミュニケーションについて次のように述べています。 

「相手との摩擦をさけるため潤滑油的にむやみやたらに「ありがとう」「すいません」を連発する日本人と、軽々しく謝辞を言ってはならないとする韓国人がコミュニケーションすると、両者の間には当然ながら誤解が生ずる。日本人は、謝辞のない韓国人の態度に不快となり、韓国人は、謝辞の多い日本人に水臭さを感じる」(大崎正瑠(1998)『韓国人とつきあう法』p. 104)。

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d.お礼のタイミング―日本における中国からの留学生の例

 村山(1995)は、中国からの留学生から聞いた、「お返し」に関する疑問について述べています。その留学生の疑問は、要約すると次のようなものでした。

 「日本ではお土産が必要と聞いて、中国のお土産を日本の人々に差し上げたのですが、そのつどお返しをもらいました。しかも、そのお返しは、お土産を差し上げた直後にいただくのが常でした。このお返しの意味がよく理解できません」。

 確かに、日本人の間では、何かを受け取ったときや恩恵を受けたときに、あまり時間をあけないうちにお返しをすることがあります。中国古典研究者の村山(1995)によれば、中国人の考え方からすると、プレゼントをもらってすぐお返しをすることは、商業上の売買と同じことになってしまい、相手からの厚意を厚意として受け取らないことになるといいます。むしろ、厚意は受け取り、そこで築かれた関係を忘れずに、何かのおりに感謝の返礼をすべきであるというのが中国における感謝の流儀だといいます。 

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e. お礼の表現の有無-南アジア、中東における日本人旅行者

   インドなど、南アジア、中近東を旅する日本人がよく経験する感謝に関わる文化差です。実際、著者(内藤)自身もインド滞在の際に経験しました。ヒンズー語には、「バクシーシbaksheesh(英語表記)」という言葉があります。それは、富める者から貧しいものへの施しであり、宗教的-社会的な務めとされます。観光地など人の集まる様々な場所で、子どもや大人たちからバクシーシが求められます。功徳が得られるとされるこの施しに対しては、お礼の言葉はないのが普通です。「お礼の一言」を期待しがちな日本人の多くは、違和感を感じることになります。

   これらの事例は文化差に関するものでしたが、日本人の間でも、同様のことが起こり得ます。つまり、その集団のお返しの習慣に反することをすれば、「水臭い」「堅苦しい」と言われたり、逆に「礼儀知らず」「恩知らず」と言われたりすることさえあり得ます。  

感謝にともなう感情の文化差

 これまで述べた事例は、主に感謝の表現や行動に関するものでした。それでは、感謝の心に文化差はあるのでしょうか。 

 可能性の一つとして考えられるのは、感謝が生まれる場面で、同時に感じる感情の文化差です。感謝という感情は、負債感、尊敬など様々な感情を伴う可能性があります。例えば、ある文化では、感謝が神への感謝と強く結びついていて、その結果、感謝にはいつも尊敬や畏怖の感情が伴う傾向があるということは、十分に考えられます。また、お返しが強く期待されている社会では、恩恵を受けたときに負債感を感じやすく、感謝が負債感と強く結びつくことも考えられます。

 このように考えると、どのような感情が同時に生じやすいかという点で、感謝感情の文化差が考えられます。まだ、研究は不足していますが、次のような研究結果があります。

 一つ目は、Morgan, Gulliford, and Kristjánsson (2014)による研究です。彼らは、プロトタイプ分析という方法で、英国の人々の感謝概念を分析し、負債感などのネガティブ感情概念が、米国で行われた研究結果よりも 近接した概念として位置づけられることを見出しています。この結果は、ポジティブな感情としての感謝とすまないという感情が同時に起こりやすいとされる日本の場合とと似ていると思われます。

   二つ目は、感謝の経験の効果に関する研究結果です。感謝したいことを想起すること、例えば、毎日、感謝することを3つ思い出すことが、well-being(精神的-身体的-社会的健康)を高めるという結果が、アメリカ合衆国における複数の研究で得られているのに対して、日本と韓国におけるいくつかの研究では、そのような効果がみられませんでした(例えば、日本では、相川・矢田・吉野、2013。研究のレビューとして、Kerry, Chhabra, & Clifton, 2023)。考えられる説明の一つは、アジアの文化、なかでも、関係規範を強調する文化では、感謝とともに負債感などの感情が同時に生起しやすいために、感謝の経験を思い出すことは、特に短期的には、主観的な幸福感が増すことは考え難いというものです。

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文化による相違に気づくための枠組み

   感謝は、文化に影響されそうな心理的過程を含んでいますので、感謝のあり方が文化によって異なるとしても不思議ではありません。例えば、感謝には、恩恵を与えてくれたものが誰(何)であるのか、そしてどのような理由で恩恵を与えてくれたのかを理解することが含まれています。それによって感謝の気持ちが生まれたり、あるいは感謝をすべきかどうかが判断されます。この過程で、文化固有の世界観や道徳的-宗教的義務などが関わることは避けられません。

 それでは、恩恵を受けてから感謝の行動に至るまでの間に、どのような文化差が生まれるのでしょうか。A.「感謝が生じるまで」、B.「感謝を感じるとき」、C.「感謝による行動」に分けて​整理をしました。

 

(援助を受けたときを例として)

A. 「​感謝が生まれるまで」-援助の意味付けの文化差

  その援助が、その文化において、a)何によってもたらされたと解釈されるのか、b)どのような意義があるとされるのか、c)どのような価値を生み出したとされるのかによって、感謝の文化差が生まれます。以下に順に説明します。

a)「どのような原因によって援助が行われたとされるか」

  例「援助をした人の心や判断」「社会的制度」「神仏などの超越者の意志」「自然の摂理」などが考えられます。それによって、感謝の対象や程度は変わります。 

b)「その援助はどのような意義をもつとされるか」 

  例「道徳的な義務を果たすこと」「社会的義務を果たすこと」「宗教的義務を果たすこと」など。

   例えば、その援助が義務として課せられている社会では、その援助行為は、感謝の対象からはずされる傾向があります(一方、義務を果たさないときには、多くの場合何らかの制裁が課せられます)。 

​​

*参考 文化における「当たり前」

 義務に似た概念として、「当たり前」という言葉があります。さまざまな状況において「当たり前」とされる心のあり方や行為が存在します。では、「当たり前」とはどのような意味なのでしょうか。「当然のこと」「人間として当然為すべきこと」といった答えが返ってくるかもしれません。しかし、「当たり前」の内容は社会によって異なる可能性があり、その違いが感謝の文化的差異を生み出す要因となります。

 というのも、「当たり前」とされる行為や心は、感謝の対象からはずされる傾向があります。そのため、感謝されることを辞退する際によく使われる言葉に、「当たり前のことをしただけです」という言葉があります。
 一方で、これまで当たり前と考えられていることに対して、それが当たり前のことなのかという疑問を投げかけることは、新たに感謝を促す契機となることがあります。
 

c)「援助によってもたらされたものに、どのような価値があるのか」

 例えば、物質的利益にあまり価値を与えない文化では、物質的な援助を受けても大きな感謝につながらないでしょう 。

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B. 「感謝を感じるとき」-経験する感情の文化差

 援助を受けたときに感じる感情は、その援助を「神仏による救い」と解釈したり、「社会制度による救済措置」とみなすなど、援助の意味づけによって変わります。状況における感謝の意味づけは、文化により異なる可能性があり、そのため感謝の際に感じる感情に文化差が生じる可能性があります。例えば、その援助が、神仏によって導かれたものとされれば、神仏に対する感謝と畏敬を感じることでしょう。また、援助者の思いやりによるものとされるのであれば、援助者に対して、感謝、親しみなどを感じることでしょう。  

  経験する感情の例 「ポジティブな感謝の感情、愛着」「負債感」「畏怖」「尊敬」「すまなさ」「恥」など。 

  

C. 「感謝による行動」-感謝の表出、反応の文化差

 援助の意味づけ(A)と経験する感情(B)の文化差は、感謝による行動の文化差をもたらします。加えて、感謝の感情表現の方法や、恩恵に応える方法(手段や時期)は、さまざまな歴史的、文化的要因によって規定されます。

 例 「感謝の感情を表現することへの社会的期待(感情を表わすことへの評価」「神仏への感謝を表現するさまざまな方法」など。 

 この分類は、感謝の文化的相違に気づくために役立つかもしれません。しかし、それらの文化差についての理論的説明は、今後の課題です。 

​​

 他の文化との交流のためにも、感謝の文化的な普遍性や相違を知る必要があるのは確かです。しかし、現在、すでに多くの多様な文化が存在し、これからさらに文化の多様性が認識されるようになることでしょう。信頼できる「感謝の文化的普遍性と相違の理論」が構成されるためにはさらに多くの研究が必要です。

 このような状況で、私たちができることは、感謝に関する文化差の可能性を理解した上で、他の文化の人々と交流を重ねていくことではないかと思います。

 このセクションの最後に、一言加えたいと思います。これまで文化における感謝のあり方を、一端固定した上で、感謝のあり方の文化的相違を考えてきました。しかし、文化交流の結果、感謝のあり方について文化間で学びあうという現象も無視できません。私たちの現在の感謝のあり方を、他の文化との交流の結果としてみる視点も必要です。

参考 

注意 音声が出ます。

 英語落語です。題目、日本語の「ありがとう」は何通り?

RAKUGO IN ENGLISH - 47 WORDS FOR "THANK YOU"

  吉本興業所属カナダ人落語家、桂三輝(かつらサンシャイン)さんの落語。日本語における感謝の言葉が多いことを描いています。2023.9.1アクセス 

文献

  • 相川充・矢田さゆり・吉野優香 (2013). 感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験.東京学芸大学紀要 総合教育科学系1,64,125-138.

  • Holmes, H. & Tangtongtavy,H. (1995). Working with the Thais:A guide to managing in Thailand. Bangkok: White Lotus.

  • カント、イマニュエル (1797/1969). 吉沢伝三郎・尾田幸雄訳 『カント全集第11巻人倫の形而上学』 理想社 (原著は、Die Metaphysik der Sitten, 1797年出版 )

  • Kerry, N., Chhabra, R., & Clifton, J. D. (2023). Being Thankful for What You Have: A Systematic Review of Evidence for the Effect of Gratitude on Life Satisfaction. Psychology Research and Behavior Management, 16, 4799-4816. 

  • Morgan, B., Gulliford, L., & Kristjánsson, K. (2014). Gratitude in the UK: A new prototype analysis and a cross-cultural comparison. The Journal of Positive Psychology, 9(4), 281-294.

  • 村山孚 (1995).『中国のものさし・日本のものさし』 草思社

  • Naito, T. and Washizu, N. (2015). Note on cultural universals and variations of gratitude from an East Asian point of view. International Journal of Behavioral Science 10(2), 1-8.  

  • 大崎正瑠(1998).『韓国人とつきあう法』 東京:筑摩書房

  • 斉藤親載 (1999). 『タイ人と日本人』 東京:学生社 

  • Singh Deepak (2015). “I’ve Never Thanked My Parents for Anything”  The Atlantic. JUNE 8,  2015, Downloaded 2020.11.22.  https://www.theatlantic.com/international/archive/2015/06/thank-you-culture-india-america/395069/

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