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  • 感謝の問題点と落とし穴 | 生涯における感謝の心

    感謝の問題点 ― 感謝 の落とし穴 ​ (内 藤俊史・鷲巣奈保子, 2 020.8.4 最終更新日, 2023.4.12) ​サイトメニュー アンカー 2 ​ 感謝には問題点はないのでしょうか。また、感謝の過程で陥りやすい落とし穴はないのでしょうか。 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 このセクションの内容 ​感謝の落とし穴 公正性との葛藤を見逃すこと( 恩人vs他の人々、恩人vs自分) 自尊感情との関わりを見過ごすこと 同時に感じる負債感やすまないという感情を見逃すこと 「虐待的な関係」における不合理な感謝を見誤ること 他の文化における異なる感謝のあり方に気づかないこと ​まとめ アンカー 4 アンカー 5 アンカー 10 感謝の問題点 「感謝の心」という言葉は、美しく響く言葉であり、また大切な徳の一つとされて きまし た 。また、 感謝の気持ちをもつ傾向の高い人は、well-beingの程度が高いな ど、感謝の心のもつプラス面が心理学の多くの研究によって示されています。 し かし、 ​ 感謝にも問題点や落とし穴があります。それら を克服することによって、感謝の心はより高いレベルの感謝へと成長します。 ​ 実際、感謝のもつ負の側面を指摘している論文も少なくありません (Layous, & Lyubomirsky, 2014; Morgan, Gulliford, & Carr, 2015; Wood, Emmons, Algoe, Froh, Lambert, & Watkins, 2016)。このページでは、それらの論文で指摘されていることを参考にしつつ、あらためて、感謝 の気持ちをもつことの問題点や落とし穴を考えます。 公正性​との葛藤を見逃すこと(恩人 vs. 他の人々、恩人vs.自分) 感謝の気持ちをもったときに、感謝の対象となる人やもののために何かをしたいと思うのは、私たちの社会では自然なことです。しかし、そのとき、徳の一つである「感謝」と、同じく徳の一つの「公正性」との間に葛藤が生じることがあります。つまり、感謝の気持ちから特定の人や集団に対して恩返しをすることが、他の人々に対して不公平になってしまうことがあります。 感謝の落とし穴の一つは、感謝の大切さに心をとらわれたために、公正性を初めとする他の道徳的価値がその状況に関わっていることを見 逃してしまうことです。 感謝と公正性との葛藤は、「恩義をとるか、それとも公正さをとるか」といった形で、話題になることがあります 注1 。 この問題には、感謝のもつ特徴が関わっています。その点について、手短に説明します。 「すべての人 への感謝 」という言葉もない訳ではありませんが、感謝は、多 くの場合、恩恵を与えてくれた 特定の個人や集団に対するものです。したがって、「 恩恵を与えてくれた人(集団)」と「それ以外の人々」とが区別され、その上で、「恩恵を与えてくれた人(集団)」との関係が感謝によって深められることになります。このような特定の個人や集団との関係の深まりは、公正性との葛藤を生み出す素地を提供することになります。 また、これまで述べた、恩人とその他の人々に対する公正性とは別に、恩恵を与えてくれた人と自分との間の公正性の問題があります。例えば、恩を受けた人から、「命の恩」などの名目で、際限のない恩返しが求められることもない とは言えません。 恩人に対する 感謝と敬意を保ちつつ、公正性を初めとする様々な価値を考慮した、適切な恩返しが求められます。 ​ このような葛藤に気づくことは、より精錬 され、成熟した感謝の心へ発達するための契機になると考えられます。問題となるのは、公正性との葛藤に気づかないことです。 ​ 自尊感情との関わりを見過ごすこと 適度な 自尊 感情(自尊心)は、​積極的な活動を生み、生活を豊かなものにします。感謝 の2つ目の落とし穴は、感謝が、場合によっては自分の自尊心を低めてしまうことです。 感謝の気持ちをもつためには 、自分の幸福の原因を認識することが必要です。その際、 感謝の大切さが過度に強調されたため、他者による貢献を過大に評価し、自分自身の貢献や力を過小評価してしまうことがあります。その結果、自尊心を不当に低めてしまうことが考えられます。自己主張が抑制され、他者への配慮が強く求められる社会において 陥りがちな事態といえそうです。 ただし、誤解を避けるために述べますが、このような危険を避けることができれば、感謝は自尊心を高める方向で働く可能性が考えられ ます。感謝の過程で、人は、他の人々や社会が自分を支えてくれていることを認識するはずです。自分を支えようとする人々や社会を認識することは、自分が人格として認められ、さらには価 値ある存在であるという認識につながり、自尊心を高める道を開きます。事実、いくつかの研究は、感謝傾向と自尊心との間に正の相関があることを見出しています(例えば、Lin, 2015; Rash,et al., 2011)。 同時に感じる負 債感やすまないという感情を見逃すこと 最近の心理学では、感謝のポジティブな感情に焦点が当てられています。し かし、感謝の気持ちが生まれるとき、ポジティブな感情とともに、「負債感」や「すまないという気持ち」が同時に生じることがあります。3つ目の落とし穴は、感謝を感じる場面におけるこれらの感情を無視してしまうことです。それらの「ネガティブな」感情は、一方で、マイナスの面をもつとともに、私たちの生活を豊かにする可能性もも つ大切な感情です。 詳しくは、このホームページの「すまないという心の力」のページをみてください(→「すまないという心の力」のページへ移動 )。 ​ 「虐待的な関係」における不合理な感謝を見誤ること 4つめは、ある種の関係の下で、不合理な感謝の気持ちが生じることがあり、それをそのまま受け入れてしまうことです。Woodら( 2016)は、感謝のもつ負の側面について考察していますが、その論文で指摘されている負の側面の一つは、「虐待的関係」における感謝というものです。彼らのいう「虐待的関係abusive relationships」は、例えば、独裁政治下における独裁者と国民のような社会的関係を例とするものです。そのような社会において、人々が独裁者に感謝を感じることがありますが、それは、さらに強者への不合理な従順を促し、批判的な思考を妨げる傾向があり、感謝の負の側面であるとされています。 独裁者の行動が、その社会において、過度に強調されたり、美化されたりすることは歴史によって裏付けられているといえるでしょう。その際、独裁者への感謝や恩義が強調されることもまれではありません。また、誘拐や監禁等の被害者に時としてみられる「ストックホルム症候群」との関連も考えられます。 不合理な感謝の現象がどのような条件のもとで生じるのか、生じるとすればどのような対応が可能かという点について、さらなる研究が求められています。 ​ 他の文化における異なる感謝の あり方に気づかないこと 私たちは、自分の文化における感 謝のあり方にもとづいて、他の文化 の人々の行いを解釈することがあります。5つめの問題は、その結果、他の文化の人々に対して、「恩を知らない」などの道徳的な評価を誤って下してしまうことです。 自分たちの文化の常識に則った方法で感謝を表さないことが、必ずしも感謝の気持ちをもっていないとか、他者(恩人)を尊重していないこ とを意味する訳ではありません(感謝の文化差については、他のページ (感謝と文化) を参考 )。 ​まとめ このセクションでは、感謝の気 持ちをもつときの落とし穴をとりあげましたが、感謝をされたときにも、落とし穴はあり そうです。感謝をされることは、 ​心理学における 行動主義の言葉では、社会的強化を受けたことになります。例えば、援助をしたときに、相手から感謝をされると、感謝をされた人の援助行動は増加します。しかし、援助の行為が、元来の目的を離れ、感謝されること自体を主目的とするようになったときに、感謝の強要や、感謝の有無による援助の不公正に向かう可能性が生まれます。 自己から離れて「他」に心を向けたときに、感謝への道が開かれます。しかし 、より成熟した感謝の心をもつためには、自他を含めてさらに広い視点から、感謝を省みる必要があります。 文献 Layous, K., & Lyubomirsky, S. (2014). Benefits, mechanisms, and new directions for teaching gratitude to children. School Psychology Review, 43(2), 153-159. Morgan, B., Gulliford, L., & Carr, D. (2015). Educating gratitude: Some conceptual and moral misgivings. Journal of Moral Education, 44(1) , 97-111. Wood, A. M., Emmons, R. A., Algoe, S. B., Froh, J. J., Lambert, N. M., & Watkins, P. (2016). A dark side of gratitude? Distinguishing between beneficial gratitude and its harmful impostors for the positive clinical psychology of gratitude and well-being. The Wiley handbook of positive clinical psychology, 137-151. ​ セクション終わり ​ アンカー 1 アンカー 6 ​注1 いつの時代でも、公正性と報恩との葛藤は見られるようです。民俗学者の柳田国男は、1958年の神戸新聞のコラムで、代議士となった加藤恒忠が、東京に帰る際に、見送りにきた地元の中心人物を呼び「僕はとくに松山のために働くことはしないからね」といって帰京したことを伝聞としてあげています。そして、「今でもこんな代議士が一人や二人あってもよいはずだ」(柳田、1964、455頁)と微妙な表現ではあるが支持をしています。読売新聞におけるコラム(読売新聞2009年11月28日)では、柳田による文の一部を引用しつつ、「忘恩」という言葉を用いて、今日の国会議員が選挙等の際の地元の恩にいかに対応するかを考えなければならないことを示唆しています。 文献 柳田国男(1964).「故郷70年」.『定本柳田国男集 別巻3』、筑摩書房 1-421. ​ (内藤俊史(2012). 修養と道徳 ――感謝心の修養と道徳教育.『人間形成と修養に関する総合的研究 野間教育研究所紀要』、51集、529-577.540-541より). ​ 本文に戻る TOPへ アンカー 7 TOPへ アンカー 8 TOPへ アンカー 9 アンカー 3 TOPへ

  • すまないという心と心理的負債感のもつ意義と力 | 感謝とともに感じるネガティブ感情|生涯における感謝の心

    すまないという心と心理的負債感: 感謝にともなうネガティブ感情の力 内藤俊史・鷲巣 奈保子 2020.8.4 最 終更 新日 2024.3.18) ​サイトメニュー 感謝とともに「すまない」という感情や負債感を感じることがあります。多くの人々にとって、それらの感情は快いものではありません。それらの感情 は、幸福のための力になるのでしょうか。もし、力になるのだとしたら、どのようにして力になるのでしょうか。 このページでは、それらの感情を「ネガティブ感情」と呼び、その働きに光を当てます。 アンカー 7 このセクションの内容 ネガティブ感情の意義 ​ ネガティブ感情がなぜ well-being (精神的-身体的健康や幸福感) を高めるのか 1 ― 他者との交流の維持と拡大 ​ ネガティブ感情がなぜ well-being (精神的-身体的健康や幸福感) を高めるのか 2 ​ ― 高次の感謝への転化 ​ well-b eingについては、セクション 「感謝の力」の注1 を参照 してください。 ​ 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 アンカー 3 アンカー 1 アンカー 8 図 1 感謝の経験におけるれぞれの感情の影響についての仮説 (​鷲巣・内藤・原田(2016)の結果等にもとづく) ​ ​*positive reframing: 苦境において、状況の解釈(見方)を変えて、ネガティブな感情を低減したり、ポジティブな感情に至ること。 アンカー 4 ​ ネガティブ感情の意義 他の人から恩恵を受けたとき、「すみません」「悪いね」などの 言葉が用いられることがあります。このことからも示唆されるように、他者からの恩恵を受けたとき、快い感謝の感情つまりポジティブ感情だけではなく、心地のよくない感情つまりネガティブ感情を感じることがあります 。 ありがたいというポジティブ感情とともに感じられるネガティブ感情には、「 負債 感(心理的負債感)」「すまないという感情」「自尊心への脅威」などがあります 注1 。 これらのネガティ ブ感情、特に負債感については、それが抑うつ的な感情をともない、対人的な関係を 阻害するために、well-being(精神的-身体的健康や幸福感)にとって の阻害要因とされます(McCullough, Kilpatrick, Emmons, & Larson, 2001)。 ​ 単純に考えれば、ポジティブ感情が増加し、ネガティブ感情が減少することは望ましいようにも思えます。しかし、実は、ネガティブ感情の経験が後のポジティブ感情や幸福感のために役立つことが あります。また、ネガティブ感情の経験があってこそより豊かな幸福感が得られるという考えは、私たちの常識の世界に根強く存在しています。​ ​ ネガティブ感情のもつ積極的、肯定的な働きは、これまでに、様々な分野で語られてきました。 古くは、仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタは、生老病死という苦に向き合うことを契機として、地位を捨て悟りへの旅を始めたといわれます。また現代においても何人かの思想家や研究者が、ネガティブ感情である悲しみを直視することの意義を論じています(竹内、2009; 山折、2002; 柳田、2005)。 柳田(2005)は、次のように述べています。 「悲しみの感情や涙は、実は心を耕し、他者への理解を深め、すがすがしく明日を生きるエネルギー源となるものなのだと、私は様々な出会いのなかで感じる」(柳田邦男 2005、p.143)。 これらのことから、「ネガティブ感情」には、ネガティブな面とともに、ポジティブな面をもつことがうかがえます。 ​ ネガティブ感情がなぜ well-bing (精神的-身体的健康や幸福感) を高めるのか 1-他者との交流の維持と拡大 それでは、他からの恩 恵を知ったときのネガティブ感情は、どのようにして、自分自身のwell-beingや他者の幸福を高めようとする行動に結びつくのでしょうか。 一つは、ポジティ ブな感謝感情と同様の効果が、ネガティブ感情にも独自な形で存在するという説明です。それは、恩の意識にもとづく次のような説明です。 ​ 恩恵を受けた後に負債感やすまないという感情をもつことがあると思いますが、それらの感情には、「恩が生じた」という形で共通して恩という要素が関わっています。恩の意識は、当然、相手への恩返しという行動を高めますが、恩返しは、より広い相互関係を認識することによって、広い範囲の人々への恩返しへと発展します。 このように、恩の意識(後出の図1では「応報義務感」)が、他者との関係を深めたり、ときには拡大させることもあると考えられます。そしてその結果、人々をより高いwell-beingへ導くかもしれません。 ただし、他方で、他者からの大きな恩、あるいは負債をもつことに耐えられずに、他との関係を閉ざしていくことも考えられます。負債感のもつ負の側面の可能性については、これまで、主に海外の研究者によって指摘されてきました。 恩意識や負債感は、両方向的な影響をもち得ると考えられます。それらの感情が、他者との関係を閉ざすように働くのか、それとも、他者との交流を維持し、拡大するように働くのかは、その人を囲む環境、文化によります。 ​ 話を元に戻します。社会学者の見田(1984)は、私たちの心の根底にある「原恩意識」を指摘しています。すでに生きていること自体が「天地の恩」であり、それは、抑圧的なものでもなく、「むしろ反対に、生きていることのよろこびの発露のようなものである」といいます(見田、1984、p.157)。もし、私たちに「原恩」というものがあれば、他者から恩恵を受ける経験は、そのような「原恩」を意識する機会になるのかもしれません。 ​ ネガティブ感情がなぜwell-bing (精神的-身体的健康や幸福感) を高めるのか 2 ― 高次の感謝への転化 もう一つは、ネガティブな感情が深い省察を促した結果、ネガティブな感情が高次の感謝の感情に転化しWell-beingを高めるというものです。 内観療法 注2、 の創始者の吉本伊信は、半世紀前に以下のように述べています(忠義、孝行の言葉は当時の時代を反映)。 ​ 「反省すれば必ず慚愧が伴ひ、懺悔の後には必ず感謝報恩の念が湧き出て來ます。懺悔の伴はない感謝では眞實の報恩になりません。自からの不忠に氣づき、不孝を知る深さだけ眞の忠孝が行へるのであり、せめてはとの思ひのみが眞實の忠義も孝行も湧き出るものと信じます。」(吉本、1946)。 ​ ここで指摘したいことは、内省による次のような過程です。つまり、他者へのすまなさが、このような自分でさえ認めてくれた他者へのポジティブな感謝感情を高め、その結果高められた敬意や尊敬がさらにすまないと気持ちを高めるといった循環を通して、最終的に、他者や社会への積極的な関与と自分自身の成長を高めようとする状態への過程です。 自分が他に迷惑をかけた(かけている)という認識は、快不快であえて分ければ、不快な感情です。しかし、その上で、それでも他の人々が私を支えてくれたという認識は、ポジティブな意味での感謝の感情を生み出します。つまり、このポジティブな感謝の気持ちは、迷惑をかけたことから感じる不快感を、(論理的にということはできないまでも)ほぼ前提にしています。あるいは、それらは相関しているともいえそうです。(「この程度の迷惑なら、それを許してくれた人々にさほどありがたくは感じない」という場合を想像して下さい。) 図1 は、感謝、負債感、すまないという感情の仮説的な見取り図です。説明を必要とする項目 が含まれていますが、参考までに掲載します。 また、この図では、時間的な経過がうまく表現されていません。推測の段階に過ぎませんが 、およそ以下のような過程が考えられます。 ポジティブな感謝の感情とネガティブな感情が同時的に生じる。 ポジティブな感謝は、関係の拡張などへ影響する。 ネガティブな感情の一部(心理的負担)は、関係からの逃避を促し、別の部分(応報義務感、恩返しの心)は関係維持として働く。 ​他方で、ネガティブな感情は、​「前向きの再解釈」(positive reframing)などの過程を経た場 合に、ポジティブな感謝をともなうようになり、関係の拡張や充実へと移行する。 ​ このように考えると、感謝と心理的負債感を感じてからの心の過程はさほど単純ではなさそうです。 ​ ​ 文献 Greenberg, M. S. (1980). A theory of indebtedness. In K. J. Gergen, M. S. Greenberg, & R. H. Willis (Eds.), Social exchange: Advances in theory and research. (pp.3-26). New York: Plenum Press. McCullough, M. E., Kilpatrick, S.,Emmons, R.A., & Larson, D. (2001). Is gratitude a moral affect? Psychological Bulletin, 127, 249–266. 見田宗介(1984 ). 新版現代日本の精神構造 . 弘文堂. 竹内整一(2009).悲しみの哲学. NHK出版局. 山折哲雄 (2002). 悲しみの精神史 . PHP. 柳田邦男 (2005). 言葉の力、生きる力. 新潮文庫. 吉本伊信 (1946).反省(内観). 信仰相談所 1946.7.12 downloaded 2011.8.29 http://www.naikan.jp/B4-2.html 鷲巣奈保子・内藤俊史・原田真有(2016). 感謝、心理的負債感が対人的志向性および心理的well-beingに与える影響. 感情心理学研究、24 、1-11. Washiz u, N., & Naito, T. (2015). The emotions sumanai, gratitude, and indebtedness, and their relations to interpers onal orientation and psychological well-being among Japanese university students. International Perspectives in Psychology: Research, Practice, Consultation. 4(3), 209-222. 鷲巣奈保子 (2019). 感謝,心理的負債感,「すまない」感情が心理的well-beingに与える影響とそのメカニズムの検討. お茶の水女子大学博士論文. 鷲巣奈保子・内藤 俊史 (2021). 感謝と負債感が対人関係に与える影響-援助者に対する認知と動機づけに注目して-. お茶の水女子大学人間文化創成科学論叢、23、 151-159. ​ セクション本文 終 わり ​注1 なお、「負債感」と「すまない」という感情は、次のような意味でこのサイトでは用いています。 負債感: 他者にお返しをする義務がある状態で生じる、返報の義務感を伴うネガティブな感情 (Greenberg, 1980). このHPでは「心理的負債感」という言葉も用いていますが、両者を区別はしていません。 ​すまないという感情: 相手に迷惑を与えたことに対して感じるネガティブな感情。相手のもつ期待にそぐわなかったことも含まれます。 アンカー 6 TOPへ アンカー 5 本文へ戻る TOPへ 注2 内観療法の簡単な説明(内藤, 2012, pp.548-550より、一部略) ​ 内観療法は、吉本伊信によって確立された心理療法である。社会的な不適応に対する心理療法として、あるいは矯正施設の一部において適用されてきたが、最近では学校教育に適用する試みもみられる。 a 内観療法の手続き 初めに、その基本的な方法を紹介する。 一般に、狭い場所(部屋のすみを屏風で囲う等)で、他者と隔離された形で行われる。 そして、1日15時間、7日前後続けられる。 この時間に、たとえば、自分と関連の深い人物一人に対して、ある特定の期間に「していただいたこと」を想起する。 同じく、「して返したこと」を想起する。 同じく、「迷惑をかけたこと」を想起する。 これらは、想起の対象とする人物、期間をかえて繰り返される。一般には、初めに母親が対象とされる。そして、父親、兄弟・姉妹等へとかえられる。このような過程で期待されていることは、過去にそれぞれの人々に「して返したこと」に対して、「していただいたこと」「迷惑をかけたこと」の大きさに気づくことであり、その結果として、自分が他者との関係のなかで生きてきたこと、他者からの大きな恩恵によって自分が生きてきたことを認識し感じとることである。 多くの場合、このような過程によって、来談者(クライアント)は大きな負債感またはすまないという感覚をもつ。 b「すまない」という感情から感謝へ しかし、「すまない」という感情は否定的な感情である。少なくとも、当人にとっては苦痛な感情である。また、場合によっては、自己破壊的な行動を導くこともあり得る。積極的な行動のためには、すまないという否定的な感情から、積極的な感情いわば前向きな感情への変換が必要である。内観療法において注目すべき面の一つは、否定的な感情に終らずに、肯定的な感情への転換が期待されている点であろう。この点に関する吉本(1983)による事例、失意の感情から感謝への移行の事例を以下に示す。 地方検察庁検事の例 「過去三十八年間、私はまるで嘘と盗みの海の中で暮らしてきたようなものです。(略) このように、嘘と盗みについて調べを続けた私は失意のどん底に突き落とされてしまったのですが、しかし、そこにまた道は開けていたのです。自然は、また私の周囲の人達は、よくぞこのような私を今日まで暖かく生かし育てて下さったものだという心境に至り、失意の底から感謝の光明を仰ぎ見ることができるようになったのです。」(吉本伊信『内観への招待』 朱鷺書房 1983年 208-209頁)。 クライアントである地方検察庁検事は、過去の自分についての反省、つまり内観の初期の段階で、自分の過去の行動について深い罪悪感をもつに至っている。 しかし、自然や周囲の人々がそのような自分でさえも暖かく育ててくれたことに気づき、積極的な「感謝」を感じるようになったことを報告している。この変化は、否定的な感情から肯定的な感情への転化と言えよう。 このように、内観療法においては、過去や現在への反省の結果単に他の人々に対する罪悪感や「すまない」という感情を喚起させることで終らずに、肯定的な感情への転換を更なる目的としていることは、注目に値する。 ​ 内藤俊史(2012). 修養と道徳 ――感謝心の修養と道徳教育.『野間教育研究所紀要』、51集(人 間形成と修養に関する 総合的研究)、529-577. ​ アンカー 2 アンカー 9 本文に戻る アンカー 10 本文に戻る TOPへ

  • 神道と仏教における感謝 | 生涯における感謝の心

    神道と仏教における感 謝 —宗教における感謝 (内藤俊史・鷲巣奈保子、 2020.8.4 最終更新日 2 0 23.9.1 ) アンカー 5 このセクションの内容 ​はじめに ​ 神道における感謝 ​ 日本 の仏教における感謝 ​ 感謝につ いて これから 考えるために- 神道と仏教から学ぶこと 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 ​はじめに アンカー 6 アンカー 1 世界には、数多くの宗教が存在し、多くの人々がそれらを信じています。感謝は、それらの宗教の多くにおいて重要な位置を占めてきました。このセクションでは、日本人の心や行動に影響を与えてきた神道と仏教をとりあげます。 もちろん、宗教の教理の内容が、そのまま私たちの感謝心のあり方を示す訳ではありません。しかし、私た ちの感謝心に影響を与えたり、逆に私たちの感謝心のあり方を反 映 するも のとして、感謝心を探究する際の道標になります。 なお、このセクションで は、それぞれの宗教の宗派 に よる相違は対象としません。それぞれの宗教における 感謝の一般的な位置づけのなかに、私たちの探究のための示唆を見出すことが、このセクションの目的です。 このセクションの内容は、次の論文の一部を加筆修正したものです。 内藤俊史(2012) 修養 と道徳―感謝心の修養と道徳教育 .『人間形成と修養に関する総合的 研究 野間教育研究所紀要』、51 集、529-577. ​ 神道における感 謝――自然、神、先祖への感謝 神道は、日本で生まれた民族的宗教とされますが、 「神社神道」 「国家神 道」「教派神道」などの言葉があり、さまざまな形態や立場が含まれています。ここでは、 日本各地の 神社で行われる祭祀と、その背景となる伝統的な思想という意味での神道、つまり神社神道をとりあげます。 神道は、特定の教典をもたず、伝統的な儀式や生活様式のなかに、その世界観 や教え が組み込まれているといわれます。日本に住む多くの人々 にとって、伝統的な儀式が行わ れる神社には馴染みがあると思います。神社は全国津々浦々にあり 、七五三などの年齢儀礼や祭りなどの年中行事のために、神社に訪れたことがあ る方は多いと思います。多くの人々は、そのような儀式や慣習のなかで、神道を実践しているともいえます。 神道において、感謝はどのような意義をもつものとされてきた のでしょうか。以下に神 道におけ る感謝の特徴として4点をあげます。 ・神- 自然に対する感謝 初めにあげる特徴は、神-自然に対する感謝に焦点が当てられていることです。神道においては、自然、動物、卓越した人物の霊など、人の力の及ばない力をもち畏怖や尊敬の対象とされるものは、広く神として扱われてきました。自然の現象を、神々の織りなすドラマとしてとらえる神道においては、 農産物を初めとする自然の恵みは神々による恵みでもあります。したがって、農産物の収 穫に当たって、多くの地域で神への感謝を表すための秋祭り(収穫祭)が行われています。 このように、「自然への感謝」は、神道における感謝の特徴として第一にあげることができるでしょう。 実際、山、海、岩石などの自然物を、ご神体として祀っている 神社は数多く存在します。神社は、もともと山、岩、巨木などをご神体として拝むという形式や、降臨する神を受け入れるという形から、神が常に神社に鎮座するという形へと変わっていったとされます。古い時代の形を残す神社としてよく知られている神社の一つは、大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る奈良県櫻井市の大神神社(おおみわじんじゃ)です。三輪山が御神体とされ、神を祀る 本殿はなく、 拝殿から三輪山を拝みます。 参考 山の神 への感謝 注意 音声が出ます。 リンク先は、「NHKア ーカイブ 岩木山の登拝行事」(2008年取材)です。青森県弘前市における伝統行事が描かれています。岩木山神社に参詣(踊りなどを含む)後、岩木山に登拝し、山の神に五穀豊穣を感謝します(2023.10.4にアクセス)。 ・ 亡くなった家族や先祖への感謝 人が神になる ことに関しては、神道のなかでも諸説あるようです。亡くなった人は、長い間の供養によって神になるという考えや、生前の特別な功労によって神になるという考えなどがあります。死後についての考えの一つとして、人は死とともに穢れをもつ霊となり、その後長い年月の後、穢れが消えるとともに個別性を超えて、氏神、山の神、海の神などとして人々を見守るようになるという考えがあります(柳田、1975)。こ の考えは、先祖への感謝、さらには先祖に対する崇拝へと展開します。 なお、現在の日本における死者に対 する葬儀の形式やその背景となる考えは、中世以降の日 本の仏教によ って大きな影響を受け ています(松尾、2011などを参照のこ と)。 ​ 参考 日本の各地で行われるお盆の行事 注意 音声が出ます。 お盆は、亡くなられた人々に感謝をし、供養するための年中行事です(期間は地域により異なり、主に8月13日から16日、または7月13日から16日)。この期間、先祖を家に招き、供養をします。日本の各地域でさまざまなお盆の行事が、伝統として行われています。リンク先は、NHKアーカイブ「各地に伝統あり 日本のお盆の風景」として、2016年8月10日に制作されたサイトで、いくつか の地域の行事が描かれています(2023.9.20にアクセス)。 ​ ・感謝 によりもたらされるもの を強 調する傾向 第3は、恩恵を受 けたことに対 する応えとしての感謝とともに、感謝がもたらすもの を強調 する傾向があることです。葉室(2000)は、神道の立場から感謝の意義について、次のような逆説的な表現をしています。 「幸福が与えられたから感謝するのではなく、感謝するからこそ幸福が与えられるのです」(葉室、2000、p.19)。 感謝の心をもって神を拝むとき、神と相通じることが可能になり、神の恩恵を受けることになるといいます。葉室によると、感謝は、恩恵を与えてくれた人に対する補償的な行為として、相互のやり取りを完結させるものではありません。感謝は、他者からの恩恵に対してもつべき感情や行動である以上に、力をもつものなのです。端的に言えば、「ありがとう」という言葉を心から発するときに心は力をもつのです。 ・儀式における 感謝の表明 4つ目は、神や自然に対する 感謝は、多くの場合、祭などの慣習的な儀 式のなかで表明されることです。例えば、秋にはその年の五穀の収穫を神に感謝をするために、 伊勢神宮では神嘗祭が行われます。また、宮中や全国の神社では新嘗祭が行われます。 先に述べたように、神道には教典に該当するものがありません。神道は、 他の宗教と同様に多くの儀式を含んでいますが、儀式を通じてある種の「教え」が人々に伝えられてきたと考えられます。 それでは、祭事は、人々の心にどのような影響を与えているのでしょうか。また人々の自然に対する感じ方や行動にどのような影響を与えているのでしょうか。今後、明らかになることを 期待します。 参考 伊 勢神宮における神嘗祭 注意 音声が出ます。 先に述べたように、神道における自然への感謝を示す儀式として、神嘗祭(かんなめさい)があります。リンク先は、伊勢神宮作成による伊勢神宮で行われる神嘗 祭の動画です (2021.1.11にアクセス)。 ​ 日本の仏教における感謝―恩の思想 仏教は、インドを発祥の地として、6世紀に日本に伝わったといわれています。以降、仏教は、日本の社会において変化をしつつ、長期にわたって日本人の心に大きな影響を与えてきました。 仏教学では、「感謝」よりも「恩」という概念に焦点が当てられてきたようです 注1 。 以下に、仏教における「恩」という概念について、その特徴を探ってみたいと思います。 ​ ・知恩と報恩の区別―恩の分析 仏教では、恩をめぐってさまざまな概念が展開されましたが、そのなかに「知恩」と「報恩」があります。日常、この二つを分けて考えることは少ないと思いますが、恩の二つのあり方を考えることによって、新たな面に光が当てられるのではないかと思います。 「知恩」 恩の側面の一つは、恩を知るという側面です。恩を知ることは、仏教の根幹となる教えと密接な関係をもっています。仏教の基本的な原理として縁起説があります(例えば、水野、1972)。それは、世界のあらゆるものが相互依存の関係のなかで成り立っているという考えであり、人々はこの真実に目覚めなければならないとされます。この考えが「他による恩を知ること」の基礎になるのは明らかと思われます。 「報恩」 受けた恩恵に対して報いるという意味での報恩は、日本では「鶴の恩返し」などの説話のテーマとしてよく知られています。しかし、仏教学者の壬生(1975)によれば、インド初期仏教の考えが収められている原始経典には、「恩を知る」という意味の知恩に該当する語は見られるものの、報恩に該当する語を見出すのは難しいといいます。報恩という概念は、その後成立した大乗仏教において強調されるようになり、さらに、大乗仏教の伝わった中国において、当時の社会規範、つまり皇帝-従者の関係規範や家族内の関係規範が結びつくことによって、確固たる概念になったと考えられます (壬生、1975: 中村、1979)。 ​ ・布施行の一つとしての報恩 報恩という概念 は日本に伝わり、現在に至っています。しかし、報恩という概念には、次のような課題が含まれています。 「報恩」または「恩 返し」という言葉からは、受けた恩に対する 同等かそれ以上のお返しを思い浮かべることでしょう。しかし、このような意味での恩返しを日常生活のなかで徹底するのは難しいのではないでしょうか。なぜなら、私たちの生活には、多くの人々、他の生物、無生物が関わっているはずです。そして、そのなかに恩を受けた多くの人々や事柄が含まれています。さらに、恩人の恩人、そのまた恩人のように間接的に受けている恩を 含めれば、その範囲は膨大なものとなるはずです。もし、すべての恩に報いなければならないのだとしたら、私たちは、際限のない恩返しにあけくれることになるでしょう。 したがって、報恩が、受けた恩すべてに対して恩返しをしなければならないという意味であれば、それは非現実的のように思われます。 この疑問に対して、仏教学者のひろ (1987)は、次のように答えています。 まず、釈迦の教えでは、恩を知るという意味での知恩の意義が説かれているのだといいます。その上で、人々に求められているのは、布施行(修行)としての報恩であるといいます。布施行は、一言でいえば、見返りを求めずに他者に対して恩恵を与える行為です。報恩は、悟りに近づくための行の一つとして位置づけられます。 確かに、報恩を修行の一つとしてとらえることは、それが、ある程度、自分自身の判断に委ねられる行為とされることで、少しばかり気を楽にさせるかもしれません。しかし、すべての問題が解決される訳ではありません。布施行を行 うに当たって、これまで受けた恩のなかでどれが重要なのかという問題は、依然として残されます。実際、仏教の歴史において、重要な恩は何かが問われ続け、 四恩説など様々な説が唱えられました。 いずれにせよ、恩を知った後で、私たちは何をすべきなのか、あるいは何をしているのかという問い は、感謝について探究するときの重要な視点です。 ・感謝のレベル 仏教では、個人における恩の意識や感謝心は、どのように成長していくと考えられているのでしょうか。ここでは、町田(2009)による解説を紹介します。 町田(2009)は、感謝の水準について述べています。最初の水準の感謝は、儀礼としての感謝であって、相手から受けた恩恵に対してありがたいという感情をもつことです。それを超える高度な感謝は、どのような相手、例えば敵に対しても感謝をすること、さらには「生きていること自体」への感謝であるといいます。そして、最終的には、災難に対してさえも感謝することができるという境地をあげています。 このように、悟りに近づくにしたがって、感謝の境地も変わっていきます。悟りの境地に近づくにつれ、世界の見方が変わり(縁起の世界を知り)、個々の恩ではなく、より広く関係づけられた世界における恩を認識します。それとともに、感謝の対象や感謝の姿は変わっていきます。恩恵を与えてくれた人―それ以外の人という区別もなくなり、感謝の対象は、あらゆる事柄に向けられます。 ​ 注意 音声が出ます。 参考 仏教の曹洞宗の開 祖道元による『修証義』(2022/3/27アクセス) 曹洞宗東海管区教化センターによる『修証義』第五章 行持報恩のお経です。音声でお経も味わえます。仏陀が私たちに真理を伝えたことに感謝をすべきであり、その恩に応え るべ きである。そして、その恩に応えるために、私たちは、日々修行に努めなければならないと説きます ​ ​ 補足---儒教における恩 日本の文化に影響を与えた宗教思想は、神道と仏教に限ることはできません。なかでも、 儒教は日本の社会や文化に大きな影響を与えてきました。道端(1979)によると、仏教の経典に恩という言葉を見いだすのが容易であるのに対して、儒教の代表的な古典の一つである『礼記』では「恩」の文字の出現頻度は少ないといいます。 しかし、『礼記』には「恩は仁なり」という言葉が述べられています。仁は儒教の中心的な概念であり、人と人の親愛の情です。道端(1979)によると、仁は親子の感情=孝から始まりますが、孝は恩なくしては考えられません。このような意味で、恩は仁に結びつくのだと解釈されています。つまるところ、恩は、儒教においてもその重要性はかわらないと考えられます。 ​ 感謝について これから 考える ために- 神道と仏教から学ぶこと このセクションでは、日本にお ける主要な宗教として神道と 仏教 をとりあげ、それぞれにおける感謝の位置 を探究しま した 。感謝につい て考察を進める際の示唆を、あらためて列挙します。 ・感 謝の対象の広がり 感謝の対象は 人に限りません。人は、人間に限らず、神、先祖 、自 然など、様々な「もの」や「こと」に対して、感謝を感じてきました。 ・感謝の機能の二面性 感謝は、人間としてもつべき心や為すべき行為であるとともに、幸福をもたらすものでもあります(神道)。つまり、感謝は、 規範的な面と功利的な面との二面を併せもちます。 ・「知恩」と「報恩」との間 仏教における知恩と報恩の区別は、この二つの概念の 間に重要な要素が介在す ることを示 しています。感謝は、「恩を知り-同等のお返しをする」という自動的-機械的な反応ではありません。恩を知った後に、どのような心が生まれどのような行為がなされるのかは、感謝の働きについての重要な問いです。 ・成長 とともに変わる感謝 ​ 仏教では 、恩の意識は、縁起の世界の理解の深まりとともに変わる ものとされます。感謝は、人間の心の成長とともに、その姿を変えていきます。つまり、感謝には、発達あるいは変容という重要な面があります。 文献 松尾剛次 (2011). 『葬式仏教の誕生-中世の仏教革命』 平凡社 . 葉室頼昭 (2000). 『神道 感謝のこころ』. 春秋社. ひろさちや (1987). 『親と子のお経 父母恩重経』.講談社. 町田宗鳳 (2009). 『法然を語る 上』. NHK 出版. 道端良秀 (1979). 儒教倫理と恩. 仏教思想研究会編 『仏教思想4恩』.平楽寺書店,131-148. 壬生台舜 (1975). 仏教における恩の語義. 壬生台舜編『仏教の倫理思想とその展開』. 大蔵出版, 305-350. 水野弘元 (1972) .『仏教要語の基礎知識』, 春秋社. Naito, T., Washizu, N. (2021). Gratitude to family and ancestors as the source for wellbeing in Japanese. Academia Letters, Article 2436. https://doi.org/10.20935/AL2436 https://doi.org/10.20935/AL2436 中村元 (1979). 恩の思想. 仏教思想研究会編, 『仏教思想4恩』. 平楽寺書店, 1-55. 柳田国男 (1975). 『先祖の話』, 筑摩書房. セクション本文終 わり TOPへ TOPへ アンカー 2 アンカー 4 注1 恩と感謝は、他者から恩恵を受けたときに生じる観念や感情である点では共通するものの、それぞれが意味するものは異なっています。恩は「君主・親などの、めぐみ。いつくしみ」を指すとされます(『広辞苑第六版』岩波書店より)。また、「恩を知る」「恩を忘れない」という言葉があることを考えれば、「恩」は、与えてくれた恩恵そのものやその行為を指して用いられるといってよいでしょう。それに対して、「感謝」は、恩恵を与えてくれた相手に対する感情や、その感情を表す行為を指しています。したがって、「恩」=「感謝」という訳ではありません。このように考えると、仏教では、感謝の前提として恩の認識が説かれて いるともいえるかもしれません。 TOPへ TOPへ TOPへ TOPへ アンカー 3 TOPへ 本文に戻る ​​神社でひいた お みくじの文 ​の一部 。「カミ(自然)に感謝」とあります(2010.12.29、大神神社)​。 ​サイトメニュー

  • 感謝に関する小さな謎 | 生涯における感謝の心

    感謝に関する小さな謎 ( ​内藤俊史、 2020.8.4 最終更新日 2023.8.7) ​サイトメニュー 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 感謝について考えていると、基本的な問題とは別に、興味深い問いに出会うことがあります。一見、些細な問いかもしれません。また、日本の文化固有の問いかもしれません。しかし、感謝の性質を考える上で、重要な問いに結びつくのかも知れません。それらの問いをあげます。ただし、このサイトでは「正答」は用意されていません。 ​疑問のリスト 義務として行われた行為に対して、感謝する必要はないのでしょうか。 感謝によって関係が深まるにも関わらず、関係が深くなってから感謝を表現すると「みずくさ い」といわれます。 なぜ、感謝を述べるときに、照れくさいのでしょうか。 人間以外の動物に、感謝の心はあるのでしょうか。家で飼っているペットに感謝の気持ちはあるのでしょうか。 ​ 以下に問いの説明をします。 ​ アンカー 1 TOPへ TOPへ ​ ​ ​義務として行われたことに対する感謝 強制や義務によって行われた行為は、感謝の対象にはならないといわれています。 そこで、次のような問いが生まれます。 「子どもを育てるのは親の義務なのに、なぜ、子どもは、親に感謝をしなければならないのでしょうか?」 「学校の先生は、教師としての義務を果たし、給与を得ています。なぜ、卒業の時に、生徒は先生に感謝をしなければならないのでしょうか?」 さらに、お医者さんや警察官に助けられたときはどうでしょか? これらの問いにどのように答えたらよいでしょうか。義務によって行われたことは、感謝を受けるに値しないという考えは、誤りなのでしょうか。そもそも、親や教師に感謝をすることが誤りなのでしょうか。 ​ ​「感謝により関係が親密になること」―「親密な関係の下での感謝のみずくささ」のパラドックス 感謝の気持ちをもち、感謝を表すことによって、相手との関係は親密になるといわれます。しかし、親密さが増してくると、感謝をするのはみずくさいとされるようになります。一見、矛盾しているようにさえ感じます。この現象は、どのように説明されるのでしょうか。「人は感謝をすることによって、感謝のない関係を作る」ということでしょうか。 それとも、感謝の気持ちをもつことと、感謝の行為をすることとは別ということでしょうか。 ​ なぜ、感謝を述べることは、照れくさいのでしょうか。 特に、実証的なデータを示す必要もないと思いますが、多くの日本人にとって、感謝を表現するとき、照れくささが伴うことがあります。 ​ 私たちは、なぜ、感謝を伝えるときに「照れくさい」などの感情をもつのでしょうか。他の文化と異なるのでしょうか、もし異なるのであればなぜでしょうか。 ​ ​人間以外の動物に、感謝の心はあるのでしょうか。 この問題は、動物学の研究者にとっては「小さな」問題ではないかもしれません。また、感謝を進化論的に考える研究者にとっても同様です。「鶴の恩返し」は別としても、地域ぐるみで世話をしているネ コが、小動物をとってきて、家のドアの前に置いていったとか、動物が人間に感謝のしるしらしきものを贈ってくれたという動物好きの人の話はよく聞きます。 ​ セクション本文終わり ​ ​ ​

  • 感謝の力とは何か、そして感謝が力をもつ理由 | 生涯における感謝の心

    ​サイトメニュー 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 感謝の 力 ​ (内藤俊史・鷲巣奈保子 202 0.8.4 最終更新日 20 24 .4.12) ​ 感謝を する人も、そして感謝をされた人も、心のなかに前向きの力が与えられます 。 このセ ク ショ ン では、主に感謝をする側に焦点を当てて 感謝の力を考えます 。 なお 、感謝に含まれるポジティブ感情に焦点を当て 、 感謝とともに経験することの多い 負債感やすまないという感情は、別のページでとりあげます (「すまないという心の力と心理的負債感の力」) 。 このセクションの内容 ​ 感謝のもつ力―感謝がもたらすもの ​ ​ 3つのプロセスにおける感謝の力―いくつかの仮説とともに​ ​ ​ 感謝の力を示唆する研究 ​ ​ 真の感謝の力を知るために-まとめにかえて ​ ​ 参考 道徳的な力としての感謝 アンカー 2 参考 感謝の力 北京オリンピックにおける日本と米国のカーリングの試合で、シ ョットを放つ藤沢選手の手には漢字で「感謝」 とい う文字が書かれていました。リンク先は、2/16 日 刊スポーツ、21:10配信、撮影・菅敏 (2022.3.8アクセス) TOPへ 感謝のもつ力 ― 感謝がもたらすもの 感謝は、単なる受け身の感情や反応で はなく、自分自身の心を前向きにし 幸福感を高めるとともに、他の人々の幸福に向けて様々な行動 を引き起こします。そのような意味で、感謝は力をもちます。感謝の力は、数多くのサイトや書籍で取りあげられていますが、その内容 は一つではありません。例えば、 次のような感謝の力を挙げることができるでしょう。 ​​ 自分自身の心身の健康と幸福感を高める。 感謝の相手との関係を維持し深める。 集団を相互に信頼をもつものへ変える。 そもそも 感謝は、心と行動 のさまざまな要素から成り立っていますから、どの要素に注目するか によって、異なる力(効果)に目が向けられても不思議ではありません。ここでは、感謝の全体的なプロセスを、「感謝に至るまで」「感謝の感情 を感じるとき」「感謝の感情を感じた後」という3つのプロセスに分けて、感謝の力を整理したいと思います(全体像 については、 図1​を参照) 。 アンカー 4 TOPへ TOPへ アンカー 3 TOPへ TOPへ ​注1 well -being は、1946年のWHO憲章において提案された健康概念です。 単に、病気にかかっていないということではなく、身体的な面、精神的な面、社会的な面において良好であること、そして、それらを達成し維持する実践が含まれます。 その内容をめぐって、議論がなされてきました(詳しくは、 Ryan & Deci (2001)によるレビューを参照)。 一例をあげれば、Seligman, M (2012)は、P(Positive emotion/ポジティブな感情)、E(Engagement/物事への積極的な関わり)、R(Relationship/他者とのよい関係)、M(Meaning/人生の意義の自覚)、A(Accomplishment/達成感)からなるPERMA を提案しています。 well-beingの概念は、日本の経済界や教育界などで取り入れられ、日本の社会に適したwell-beingの試みも提案されています。本サイトでは、アメリカ合衆国における心理学の成果に言及することが多いため、アメリカ合衆国におけるwell-being概念を念頭に置いています。 最後に、well-beingについて一言述べたいと思います。well-beingの一般的な内容については、共有されやすいかもしれません。しかし、その具体的内容について決めることはなかなか難しいと思います。「well-beingとは何か」という問いは、「幸福とは何か」「善い生き方とは何か」という問いと同様に、時とともに問い直されていくものではないでしょうか。そして、well-beingを高める感謝の意義もまた、問い続けられることでしょう。 文献 Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2001). On happiness and human potentials: A review of research on hedonic and eudaimonic well-being. Annual review of psychology, 52(1), 1 41-166. Seligman, M. E. (2012). Flourish: A visionary new understanding of happiness and well-being. Simon and Schuster. アンカー 10 TOPへ 「すまないという心の力」へ移動 このセクションの本文に戻る ​図1. 感謝、well-being、その他の要因の概略 ​Hypothetical relations between gratitude, well-being, and other variables ​ 3つのプロセスにおける感謝の力 ―いくつかの仮説とともに 感謝の効果についての代表的な仮説を関連づけながら、それぞれのプロセスにおける感謝の効果を説明します。なお、とりあげる仮説は、主にWood, Froh, and Geraghty (2010)の論文を参考にしています 。 ​ ・感謝に至るま で 第一のプロセスは、感謝の気持ちをもつまでのいわば「感謝のための構えをもつ」状態です。このプロセスでは、各自のもつ「感謝のスキーマ」が活性化されていて、感謝の気持ちをもつための構えをもち続けます 。なお「スキーマ」は、簡潔に言えば、 それぞれの人がもつその人なりの"理論"、概念構造で す。 感謝のスキーマは、例えば「感謝をしなければならないことはないか」と自ら問うことによって活性化することができます。そして、様々な事柄について、それが感謝に値するかという観点から検討を始めます。つまり、自分はどのような利益や幸福を得ているのか、それらに対して他者がどのような貢献をしたのか、そ のために費やされた犠牲はどのようなものかなどを知ろうとします 。 なお、感謝のスキーマの機能についての興味深い 研究結果があります。それは、感謝傾向(特性)がポジティブリフレイミングの傾向を高め、その結果、抑うつ的感情を低めるというものです(Lambert, Fincham, & Stillman, 2012)。ポジティブリフレイミングとは、悲観的に理解されている状況を、「長い目で見直す」などによって、ポジティブな方向で捉えなおすことを意味します。 感謝のスキーマは、ポジティブリフレイミングを通して、状況のプラスの面に気づかせるという働きがあると考えられます(ただし、独断的な楽観主義に陥ることは避けなければなりませんが)。 感謝のスキーマが活性化されることによって、感謝への道が開かれますが、たとえ感謝に至らなくても、感謝のスキーマが活性化し、自分を囲む人々や集団に対して心が開かれることによって、強い信頼関係がもたらされる可能性があります。それは感謝の重要な力の一つといえます。 これらの考えは、感謝のスキーマ理論に基づいています。感謝のスキーマ理論の立場に立って考えると、感謝心の強い人は活性化しやすい感謝のスキーマ をもつということになります。そのため、感謝を感じる機会が多く、感謝にもとづく向社会的行動(思いやり行動など)も増加します。その結果、他の人々からの援助を受ける機会も増加すると考えられます。 なお、活性化しやすい感謝のスキーマをもつ人は、結果的に、以下にあげる二つのプロセスにおける感謝の力ももつことになります。 ・感 謝の感情 を感じるとき 第二のプロセスは、感謝の気持ちを感じている過程です。感謝は、文化や状況に応じて、負債感情などさまざまな感情を伴いますが、ポジティブな感情は、感謝の主たる感情の一つとして多くの場合に経験されます。そのなかには、プレゼントをもらった直後のような短期間の喜びの感情もあれば、相手との関係を確認したことや関係が深まったことによる長期的な安心感や幸福感も含まれます。これらのポジティブな感情は、憂うつや不安などのネガティブな感情を抑える効果があるとされています。 感謝の効果 に関するこの説明には、次にあげる二つの仮説が関連します。 一つ目は、ポジティブ感情仮説です。一般的なポジティブな感情、つまり快く感じる感情は、それが習慣的に経験されることにより、鬱状態などの状態を改善する効果があるとされています。感謝も、ポジティブ感情を含みます。感謝は、一般的なポジティブ感情を引き起こし、その結果、幸福感や精神的健康を高めるというのが、この仮説です(研究の例として、Lin, 2019)。 なお、感謝のwell-beingへの効果は「すべて」この一般的なポジティブ感情によるものであるという仮説に対しては、Woodら(2010)は、感謝心のwell-beingへの効果が、一般的なポジティブ感情の効果だけでは説明できないという研究結果をもとに否定しています。つまり、一般的ポジティブ感情では説明できない感謝の別の効果があるという訳です。 二つ目の仮説は、 感情が認知に影響を及ぼすという拡張・形成仮説です。それは、Fredrickson (2001)により提唱された、感情の働きについての 理論であり、「ポジティブな感情は、思考や行動のレパートリーを一時的に拡げる傾向があり、その結果個人のもつ能力や資質が培われることになる」とされます。これを感謝に当てはめると、感謝にともなうポジティブ感情は、自他のあり方、そして関係や社会について、より広く認知させるようにさせ、その結果、個人の幸福や健康のための的確な対応が可能になるとされます。 ・感 謝の感情を感じた後 最後は、感謝の表現を初めとする 感謝にもとづく行動や心の変化が生まれた後のプロセスです。 感謝には、相手の人格を認め、敬意を表現することがその内に含まれています。感謝を表現し、感謝にもとづく様々な行動によって、他者、集団、社会との信頼関係は、より強いものになり、結果として、対人関係を質量ともにより豊かなものにし、集団や社会における相互的な援助の質を高めると考えられます。 「ペイフォワード」という言葉があります。それは、感謝を感じた人が、恩恵を受けた人以外の人々にも援助などを行うことであり、感謝の一つの効果とされています。援助的な行動が広がることによって、集団は相互扶助的になっていきます。 感謝の力を示唆する 研究 21世紀になって、感謝の力を示唆する研究は急速に増えています。ここでは、感謝がwell-being(心身の健康と幸福感など、 注1 )を 高 めることを示唆する研究に焦点を絞ります。 なお、 well-beingは、1946年のWHO憲章において健康概念として提案された包括的な概念です。それは、単に病気を患っていないことではなく、身体的な面、精神的な面、社会的な面において良好な状態であること、そして、それらを達成し維持することを含みます。その後、その内容について様々な分野で議論されてきました。心理学の研究では、well-beingの基本的な概念に基づいて、「主観的幸福感」「生活の充実感」「持続的な成長の感覚」「他の人々との良好な関係」などに関する心理的尺度が用いられてきました。 ・相関研究 一つは、相関研究と呼ばれる研究です。感謝の心、つまり感謝を感じる傾向と、様々な人格特性やwell-beingなどとの相関関係を調べる研究です。それらの心理的性質は、主に質問紙によって測定されます。アメリカ合衆国で行われた大学生を対象とした先駆的な研究では、感謝特性を測る質問紙(GQ-6)は、生活満足度(.53)、主観的幸福感(.50)、バイタリティ(.46)、楽観性(.51)と正(プラス)の相関をもち、不安(-.20)、抑鬱傾向(-.30)と負の相関を持つことが見いだされています(かっこの中の数字は相関係数)(McCullough, Emmons,& Tsang, 2002)。 その後、数多くの研究が行われています。Portocarrero, Gonzalez, and Ekema-Agbaw(2020)は、感謝特性と、well-beingに含まれる様々な変数との関係を扱った、英語、スペイン語、ポルトガル語による144の論文における研究結果を対象として、総合的な分析(メタ分析)を行いました。その結果、感謝特性は、幸福感、生活の充実感、 他の人々との良好な関係 など(positive well-being)と正の相関がある一方、不安傾向、抑うつ傾向など (negative well-being)とは負の相関があるという結論を得ました。 加えて、感謝特性が、利他性や分かち合いの傾向、つまり向社会的傾向と正の関連をもつことが、別の研究者によるメタ分析によって明らかになっています(Ma, Tunney, & Ferguson, 2017)。 なお、相関研究にはいくつか限界があります。 一つは、二つの変数の間の相関研究は、二つの変数が共なって変化をすることを示すだけで、どちらが原因であるのかを明らかにする訳ではないことです。これまで述べてきた研究結果も、感謝が原因であると解釈することも可能ですが、「結果として」感謝心が高まるという解釈も可能です。その他にも、相互に影響しあった結果である可能性も十分に考えられます。このような問題に応える方法、例えばパネル調査などを採用する研究も増えています。たとえば、 Unanue, 他(2019)は、感謝特性と主観的幸福感の縦断的な研究を行い、両方向的な影響を示唆しています。 二つ目は、これまでの多くの相関研究は、感謝の傾向 (特性)と、性格や行動の傾向 との関係を調べていますが、具体的にどのようなメカニズムで二つの傾向が関連する のかは、さらなる課題と言えます。 ・感 謝を経験することの効果の研究 もう一つは、感謝の気持ちを経験するという実験的な手続き によって、well-beingなどが変化をするかを調べる研究です。なかでも、「感謝を数える方法」はよく用いられています。研究の参加者に、例えば一週間に一度、その週で感謝することをあげてもらうという実験手続きを用います。先駆的な研究が、Emmons & McCullough(2003)によって行われています。結果は、概ね、感謝という経験がwell-beingのさまざまな面に対してプラスの効果をもつというものでした。 その後の研究に影響を与えた研究ですので、研究の概略を説明します。彼らの論文には3つの研究が報告されていますが、研究1では,一週間のうちで感謝したことを 5つ以内記録する「感謝条件」、厄介な出来事を5つ記録する「厄介ごと条件」、影響力のあった出来事を 5つ記録する「出来事条件」を設定し、実験参加者は、いずれかの条件に振り分けられました。各々の条件にしたがって、10週間の間、参加者は毎週1度、記録用紙の提出が求められました。 それぞれの条件の効果を調べるために、以下の項目が実験の事前と事後に調べられました―「気分」「体調」「運動時間(激しい運動と適度な運動)」「包括的なwell-beingの評価(現在の生活全般の質と未来の生活全般への期待,他者との関係)」「サポートに対する反応」「カフェインを飲んだ量」「アルコールを飲んだ量」「アスピリン錠や痛み止めを飲んだ量」「前日の夜の睡眠時間と質」「向社会的行動(道具的サポートと情緒的サポート)」。 結果を総合すると、感謝条件においてwell-beingに関わる得点が高いという結果が得られました 。 これらの研究以降、同様の研究が数多く行われ、それらの研究結果を総合して結論を導くための分析、すなわちメタ分析もいくつか行われるようになりました。しかし、それらのメタ分析は、必ずしもこの方法による大きな効果を示してはいません。例えば、Cregg & Cheavens (2021)は、不安傾向や抑うつ傾向に対して、感謝を記録することがどの程度の効果をもつのかを、これまでの研究結果にもとづくメタ分析により検討しています。その結果、感謝することを書きとどめるという方法の効果は控えめmodestであり、不安傾向や抑うつという症状に対しては、より効果の大きい他の技法を採用することを推薦すると結論づけています。 この分析結果は、感謝がwell-beingを高めるためには、何らかの条件が必要であることを示唆しています。 例えば、文化的な基盤や背景も、効果を左右する条件かもしれません。アメリカ合衆国において肯定的な結果を報告するいくつかの研究がある一方で、日本と韓国などでは効果がみられないという研究もあります(例えば、相川・矢田・吉野、2013; Lee, Choi, &, Lyubomirsky, 2013, 研究のレビューとして、Kerry, Chhabra, & Clifton, 2023)。 いくつかの解釈が考えられますが、私たちは、次のように考えています―ある文化的環境、例えば日本や韓国では、感謝は、同時に心理的負債感やすまないというネガティブな感情を伴いやすい。したがって、感謝の経験から短期間においては、主観的幸福感のような感情の変化は生じ難い。 より深いレベルでの変化が予想されるが、それが生じるためには、感謝の経験にもとづいて、他者や社会と自己との関係を再構築=考え直すことが必要である。その結果として、より洗練されたwell-beingの状態に達することが考えられる(Naito, & Washizu, 2010)。 ​真の感謝の力を知るために-まとめにかえて 終わりに、感謝の力を探る上で、考慮しなければならないことをまとめて、このセクションの結論に代えます。 ​ 1. 「感謝の経験のもつ効果の研究」は、感謝がより確実でよ り大きな力をもつためには、ある条件が必要であることを示唆しています。それらの条件を探る必要があります。 ​ 2. このセッションの前半で述べたように、感謝の力は多様です。したがって、感謝のもつどの力を利用したいのかによって、とるべき手だては異なります。感謝の力を利用しようとするときは、このことを留意する必要があります。 ​ 3. このセクションでは感謝による影響に焦点を当てました。しかし、人間の様々な側面と感謝傾向との関係は、一方向的ではなく、双方向的である可能性があります。例えば、感謝の傾向が幸福感に影響するとともに、幸福感が感謝の傾向に影響をすることを示唆する研究結果が得られています。 これらを考慮することによって、感謝の真の力が、より明確になっていくと考えられます。 ​ ​ 参考 道徳的な力としての 感謝 このセクションの最後に、感謝 のもつ力の一例として、「感謝の道徳的な力」について説明をします。 アメリカ合衆国の心理学者のマッカラ(McCullough, M.E.)らは 、感謝が、人から助けられるなどの道徳的な事柄によって生じること、そして他の人々を助けるなどの道徳的な行為を生み出すことから、「道徳的感情」と呼ぶに相応しいと主張しています(McCullough 他, 2001)。後者は、道徳的な力をもつ感情であるといってもよいでしょう。 そこで、なぜ感謝が道徳的な力なのかを、マッカラらの主張にもとづいて説明 します。 a .感謝の心は、道徳的な行動を生じさせること 感謝の心は、恩恵を与えてくれた人に対する恩返しの行動を生みます。それも道徳的行動の一つといえるでしょう。しかし、それだけにとどまりません。感謝の気持ちをもつと、恩恵を与えてくれた相手だけではなく、その他の人々の幸福を目的とした行動への意欲が高まります。 b. 感謝は相手との関係を道徳的な関係に変えること マッカラらは、感謝は「道徳的バロメーターmoral barometer」であるといいます。他の人に助けられたとき、単に「うまくいってよかった」「助かった」という感情だけではなく、感謝の気持ちをもったとき、お互いの関係は一変します。そこには、利害関係とは別のいわば「人と人との関係」「道徳的な関係」が芽生えています。見方を変えれば、感謝の気持ちの有無は、その関係が道徳的なものであるかどうかを示しています。 私たちの言葉でいえば、感謝は、関係を道徳的な関係に変える力をもちます。 ​ ​文献 相川充・矢田さゆり・吉野優香 (2013). 感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験.東京学芸大学 紀要 総合教育科学系1,64, 125-138. Cregg, D. R., & Cheavens, J. S. (2021). Gratitude interventions: Effective self-help? A meta-analysis of the impact on symptoms of depression and anxiety. Journal of Happiness Studies, 22(1) , 413-445. Emmons, R. A., & McCullough M. E (2003). Counting blessings versus burdens: An experimental investigation of gratitude and su bjective well-being in daily life. Journal of Personality and Social Psychology, 84 , 377-389. Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions. Amer ican psychologist, 56(3), 218-226. Froh, J.J. et al. (2014). Nice thinking! An educational intervention that teaches children to think gratefully. School Psychology Review 43(2), 132-152. Kerry, N., Ch habra, R., & Clifton, J. D. (2023). Being Thankful for What You Have: A Systematic Review of Evidence for the Effect of Gratitude on Life Satisfaction. Psychology Research and Behavior Management, 16, 4 799-4816. Lambert, N. M., Fincham, F. D., & Stillman, T. F. (2012). Gratitude and depressive symptoms: The role of positive reframing and positive emotion. Cognition & emotion, 26(4), 615-633. Lee, L, K., Choi, H. I., &, Lyubomirsky, S. (2013). Culture matters when designing a successful happiness-increasing activity. Journal of Cross-Cultural Psychology, 44(8), 1294-1303. Lin, C. C. (2019). Gratitude, positive emotion, and satisfaction with life: A test of mediated effect. Social Behavior and Personality: an international journal, 47(4) , 1-8. Ma, L. K., Tunney, R. J., & Ferguson, E.(2017). Does gratitude enhance prosociality?: A meta-analytic review”. Psychological Bulletin, 143(6), 601-635. McCullough, M. E., Emmons, R.A., & Tsang, J (2002).The grateful disposition:A conceptual and empirical topography.Journal of Personality and Social Psychology, 82, 112–127. Naito, T. and Washizu, N. (2015). Note on cultural universals and variations of gratitude from an East Asian point of view. International Journal of Behavioral Science 10(2), 1-8. Portocarrero, F. F., Gonzalez, K., & Ekema-Agbaw, M. (2020). A meta-analytic review of the relationship between dispositional gratitude and well-being. Personality and Individual Difference s, 164, 110101. Unanue, W.,Gomez Mella, M. E.,Cortez, D. A.,Bravo, D.,Araya-Véliz, C.,Unanue, J., & Van Den Broeck, A. (2019). The reciprocal relationship between gratitude and life satisfaction: Evidence from two longitudinal field studies. Frontiers in Psychology, 10, 486254. Wood, A. M., Froh, J. J., & Geraghty, A. W. (2010). Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychology Review, 30(7) , 890-905. ​ セクション本文 終 わり ​ ​ 元にもどる TOPへ アンカー 1 Topへ アンカー 6 アンカー 5

  • 生涯における感謝の心と心理的負債感

    サイト主催者代表 内 藤俊史 (T akashi Naito​ ) お茶の水女子大学名誉教授 連絡先 ​naitogratitude@gmail.com 生涯における感謝の心 公開開始日: 2020.8.4 2024.1.1 以降、訪問数​ : 心理学、哲学 、宗教学など様々な分野の研究を参考にして、生涯における感謝の心について考えます。また、感謝には、恩返しをしなければならないという負債感や、すまないという気持ちが伴うことがありますが、それらの心も対象にします。 [キーワード]: 感謝、感謝心、ありがとう、すまない、心理的負債感、心理学、生涯発達 サイトメニュー 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 このサイトで用いる言葉の説明 このサイトでは、感謝に関わる言葉を、次のように用いています。 「感謝の気持ち」「感謝感情」 個々の状況で短時間生じる、感謝の意識と感謝の感情を指します。心理学では「状態感謝state gratitude」と呼ばれています。 用例、「感謝の気持ちが湧くとき」。 ​ 「感謝心」「感謝の心」「特性感謝」「感謝特性」「感謝傾向」 人が感謝感情や感謝の気持ちをもつ傾向を意味します。心理学では、「特性trait」の一つとされ、「特性感謝 trait gratitude」と呼ばれます。特性とは、人が、ある程度、場面と時間を超えて一貫してもつ傾向を意味します。感謝の気持ちを生じさせる個人の内にある心といってもよいでしょう。 用例、「感謝心が育つ」。 ​ ​ 「感謝行動」「感謝の行動」 感謝を相手に対して表明する行動に用います。相手にお礼を言うことや、相手に感謝を伝えるためのお返しなど が含まれます。 それらの行動以外にも、感謝は様々な行動を導きます。 感謝によって生じた行動は、「感謝により生じた行動」「感謝にもとづく行動」とします。 ​ 「感謝」 広く感謝に関わる心と感謝行動を意味します。心と行動を含む広い概念として用います。 . ​

  • サイト紹介|サイト主催者の経歴と公刊論文|内藤俊史|生涯における感謝の心

    ​ サイト ​・主催者 紹介 ( ​2 020.8.4 最終更新日 2023. 8.7) ​サイトメニュー アンカー 1 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 このホームページについて このサイトは、心理学などの研究結果にもとづいて、感謝と感謝心に関する知識を提供することを目的としています。 サイトの内容は、感謝心をテーマとする私たちの研究グループによる討論にもとづいています。グループは、元お茶の水女子大学教授内藤俊史と、指導学生であった有志により構成されています。​ サイトの作成と運営は、内藤俊史が担当しています。共著に該当する部分については、共著者の氏名を記しました。 このサイトは、2020年8月4日に初めて公開された後、度々変更が加えられています。各ページの最終更新日は各ページの冒頭に記載されています。 ​ページの表紙の画像(PC版のみ)は、主催者により撮影されたものです。 このサイトについてのご意見は、以下にお願いします。 nait ogratitude@gmail.com 公開開始日: 2020.8.4 ​ 2024.1.1 以降、訪問数​ : ​ サイト主催者代表 内藤俊史 Naito, Takashi お茶の水女子大学名誉教授 博士(教育学)、学校心理士 ​ 主な職歴 慶応義塾大学文学部助手、お茶の水女子大学教授 現在 「傾聴ボランティア、ハミング」所属 ​ (埼玉県川越市において活動) 川越市社会教育委員会委員・図書館協議会委員 詳しい経歴・論文 ​. 感謝についての私たちの論文 ​サイト作成に関わるメンバーによる主な論文です。下線のある論文は、下線部をクリックすると論文の掲載されているサイトにつながります。 ​ 内藤俊史(2004). 成長とともに身につける「ありがとう」「ごめんなさい」.『児童心理』、58(13)、1173-1177. Naito,T., Wangwan,J.,and Tani, M.(2005). Gratitude in university students in Japan and Thailand. Journal of Cross-Cultural Psychology, 36 ,247 -263. Naito, T., & Sakata,Y. (2010). Gratitude, indebtedness, and regret on receiving a friend’s favor in Japan. Psychologia, 53, 179-194. Naito, T. and Washizu, N. (2015). Note on cultural universals and variations of gratitude from an East Asian point of view. International Journal of Behavioral Science. 10, 1-8. Naito, T. and Washizu, N. (2019). Gratitude in life-span development: An overview of comparative studies between different age groups. The Journal of Behavioral Science, 14, 80-93. Naito, T., and Washizu, N. (2021). Gratitude in Education: Three perspectives on the educational significance of gratitude. Academia Letter, Article 4376.https://doi.org/10.20935/AL4376. Washizu, N., and Naito, T. (2015). The emotions sumanai , gratitude, and indebtedness, and their relations to interpersonal orientation and psychological well-being among Japanese university students. International Perspectives in Psychology: Research, Practice, Consultation. 4(3), 209-222. 鷲巣奈保子・内藤俊史・原田真有(2016) . 感謝、心理的負債感が対人的志向性および心理的well-beingに与える影響.『感情心理学研究』、24、1-11. 鷲巣奈保子 (2019). 感謝,心理的負債感,「すまない」感情が心理的well-b eingに与える影響とそのメカニズムの検討. お茶の水女子大学博士論文. 鷲巣奈保子・内藤俊史(2022). 高齢期における感謝の特徴と機能. 『お茶の水女子大学人文科学研究』第18巻、157-168.

  • 感謝とは何か、感謝の典型と周辺、そして感謝のもつ意義|生涯における感謝の心

    感謝とは何か -感謝​の典型、周辺、そして意義 (内 藤俊史・鷲巣奈保 子、 20 20.8.4 最終更新日 2023 .12 .21 ) ​ サイトメニュー 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 このセクションの内容 感謝の典型―定義にかえて ​ 感謝の意味の広がり1-意志をもたないものへの感謝 ​ 感謝の意味の広がり2 -負債 感とすまないという気持ち ​ ​感謝の意味の広がり3 -心と 行為 ​ 感謝の核にあるもの — 向き合った上での 敬意 ​ ​感謝の心の意義 ​ [補足] (長文3,000字以上) 感謝の 定義をめぐって ​ 感謝の言葉をめぐって アンカー 3 感謝の典型―定義にかえて どの言葉でも、いざ定義をするとなると簡単ではありません。「感謝」も同じです。しかし、このサイトで感謝について考えを進めるに当たって、感謝の意味の相違による混乱を避ける必要があります。 そこで、初めに 、感謝の典型(中心的な例、プロトタイプ prototype) を考えたいと思います。それは、「感謝」という言葉を聞いて最初に思い浮かべるイメージといってもよいかもしれません。 ​ 感謝の典型 (プロトタイプ) 「他者による善意にもとづく自発的な行為によって、自分に利益や幸福が生じたときに経験する、その人に対する親しみや敬意の感情」 なお、この「感謝の典型」は、最近の心理学の動向に従って、感謝におけるポジティブな感情に焦点を当てています。つまり、他の人から恩恵を受けたときに同時に経験することの多い「負債感 (借りを作った感じ)」や「すまない」という感情 注1 は、この「感謝の典型」には含まれていません (それらの感情があってこその感謝だという人も少なからずいると思いますが)。とはいえ、 ここであげた「感謝の典型」は、ある程度の人々にとって、感謝という概念の中心に位置するのではないかと思います。 しかし、それは感謝の典型であるとしても、感謝はその周辺に無視することのできない重要な領域を携えています。 ​ 「感謝」の意味の広がり1-意志をもたないものへの感謝 前に示した感謝の典型には、「善意にもとづく自発的な行為によって」という条件が含まれています。しかし、この条件を充たすことのない周辺領域の感謝もあります。 例えば、多くの人々は、私たちの食を支えている米や野菜を育ててくれる自然に感謝をします。しかし、 日常の会話のなかで、自然が意志や感情をもつかのごとく語られることがよくあるものの、「公式にいえば」自然は意志をもつとはみなされません。 つまり、私たちにとって大切な「自然への感謝」は、「善意にもとづく自発的な行為」という条件は当てはまりそうもありません。 そこで、前に述べた「感謝の典型」を典型として認めつつ、次にあげるような、さらに広い範囲の「感謝」に光を当てる必要があります。 ​ 「自分の幸福や利益が、生物、非生物に関わらず他に起因すると きに感じる、それらに対する敬意や親しみの感情」 ​ なお、次の2点を補足します。 第一に、典型的な感謝の場合、自分の幸福や利益を認識し、さらにそれらをもたらしてくれた他者を認識したときに、感謝の気持ちが生まれることになっています。しかし、幸福の内容と感謝の対象とが明確に区別できない場合もあります。例えば、「豊かな時代に生まれてきたことに感謝している」という言葉を何度か聞いたことがありますが、幸福の誰に(何に)感謝をしているのかはっきりしません。 このような言葉は、自分以外の何ものかによって幸福がもたらされたことを知り、感謝の気持ちをもちつつも、感謝の対象を特定できない場合における、いわば省略的な感謝の表現とみなすことができるかと思います。 感謝は、幸福をもたらした「自分以外の何ものか」への感情であるということは確かですが、このように感謝の対象が特定できない場合もあります。このサイトでは、それらを無視することなく探究を進めていきたいと思います。 ただし、感謝という感情が、単に「嬉しい」とか「喜び」という感情と混同されることのないように注意を払う必要があります。感謝の気持ちは、それらの感情と、いくつかの重要な点で異なります。 第二に、恩恵を与えてくれた事物の意志の必要性に関しては、次のような反論もあることを付け加えておきます―「幸福をもたらすものとして、自然に対して感謝をするとき、私たちは自然を擬人化してとらえ、自然の「善意」を想定しているのである。したがって、「善意による自発的な行為」という条件は捨てる必要はない。」 「感謝」の意味の広がり2-負債感とすまなさ 「感謝」を感じる場面では、同時に別の感情を感じることがあります。その主たるものとして、 心理的負債感やすまないという感情をあげることができるでしょう。一般的に言えば、「心理的負債感」は、お返しをしなければならないという義務感、そして「すまない」という感情は、期待される役割を果たさなかったときなどに生じる、他者への迷惑に対する自責の感情と言えるでしょう。 これらの感情を、初めから「感 謝」や「感謝の心」に含めるべきだという立場も考えられますが、このサイトでは、それらは感謝と深い関係をもつ別の感情として扱います。しかし、これらの感情が感謝と同時に生じることは多く、感謝について探究する上で、それらを含めることは不可欠です。 ​ 参考 実例という訳ではありませんが、「すみません」という言葉を頻繁に使い、感謝の場面でも「すみません」という言葉を使う人をとりあげたCMです。 東京ガス CM 家族の絆 「くちぐせ」篇 2017/01/10 アクセス) 注意 音声が出ます。 ​ 感謝の意味の広 がり3 心と 行 為 これまで、「感謝」を、感謝の気持ちや 感謝感情のような「心」を想定して話を進めてきました。しかし、あらためて考えてみると、感謝は、心だけの現象ではなく、行為を含む現象なので はないか と思います。実際、辞書に次のように書かれています。 ​ 「感謝」 ありがたく感じて謝意を表すること。「―のしるし」「心から―する」(『広辞苑』第6版 岩波書店、2008 年) 。 「ありがたく感じて」までは心の姿ですが、「謝意を表する」は行為です。 そこで、このサイトでは、「感謝」を「感謝の心」と「感謝の行動 (感謝を表す行為)」を含むものとします。 もちろん、感謝の心と感謝の行動は、いつも一致する訳ではありません。 感謝の気持ち(心)があっても、それを行動として表わすことができなかったという経験は、多くの人がもっていると思います。また、感謝の気持ちをもつことと、感謝を表わすこととは、それぞれ別の意義をもつ可能性もあります。 このサイトでは、感謝の心と感謝の行動とを 分ける必要があるときには、分けて記述します。 また、「感謝の行動」と 似た概念として、「感謝の心によって生じた行動」という概念、言葉があります。それは、感謝を表わす行動だけではなく、感謝の心が原因となって生まれたさまざまな行動を意味します 。 感謝の核にあるもの―向 き合った上での敬意 感謝の典型をもとに、感謝 の意味について考えてきました。ここでは、単に感謝の意味というよりも、感謝のもつ重要な性質、あるいは感謝の核心について考えます。 感謝を表すときによく用いられる「ありがとう」という言葉は、「有 り難し」(=まれである、貴重である)に由来するといわれています。感謝に は、ものごとを 当たり前とする日常性を超えて、「普通ではない」「貴重である」「尊重すべきである」という感覚 がその根底に含まれます。 このことを踏まえた上で、さらに、感謝の性質を考えてみましょう。 感謝には、自分の幸福が「他」つまり他の人、事物、事柄によってもたらされたという認識が含まれます。そして、先に述べたように、 そのことが貴重であるという認識と、相手への敬意がともないます。 比喩的な言い方をすれば、相手を一つの人格と して認めて向き合い、 敬意をもつことといってもよいでしょう。 このような感謝の性質は、次のような機会に垣間見ることができます。 ・子どもたちに対する「ありがとう」という言葉は、「よくできま した」という誉め言葉とは別の意味をもちます。誉め言葉は、「私のもつ基準に照らしてよくできました」という認定や承認の意味をもちます。それに対して、「ありがとう」という言葉は、子どもたちに、一人の人間としての敬意を伝えることになります。 ・激しい敵対関係が続き、不幸にも相手に敬意のひとかけらも感じられなくなってしまったときを想像してみましょう。そのようなとき、その相手から何らかの援助を受けたとしても、感謝の気持をもつためには時間がかかることでしょう。それは、感謝のなかに「敬意」が含まれているからです。むしろそのような人物から助けられたことに屈辱さえ感じるかもしれません。しかし、もし感謝の気持ちを感じたとき、関係は変わりつつあります。 ・親しい友人にあらたまった形でお礼や感謝をしたときに、困惑され「みずくさい」という言葉が返ってくることがあります(最近ではあまりないのかも知れませんが)。 このような対応の理由は何でしょうか。一つの説明は、感謝が、一つの人格としていったん自分から切り離された相手に対する感情だからだというものです。つまり、感謝には、相手と自分とをそれぞれ独立した人格として、切り離して認識することがともない、そのことが、相互の一体感に水を差すからだという説明です。 蛇足ですが、このような点を考えると、育ててくれた人々からの巣立ちとしての結婚式や卒業式など、感謝は別れのときがよく似合います。 ​ 感 謝の心の意義 感謝の心の意義や大切さはいろいろな分野で述べられています。学校教育における道徳教育では、感謝は道徳の内容項目として学習指導要領に含まれています(例えば小学校について、文部科学省、2017、 p.42) 。また、書店では「自己啓発」の棚に感謝に関わる書籍を見つけることもあるでしょう。しかし、感謝の大切さは、多くの人々によって唱えられてはいるものの、それがどのような意味において大切なのかというと、必ずしも一致している訳ではなさそうです。 そこで、感謝の意義を、「感謝が もたらすもの」「感謝自体」「感謝を もたらすもの」という三つの観点から整理をしたいと思います(Naito & Washizu, 2021より )。 ​ A. 感謝が もたらすものに注目⇒「感謝の心は、自分や他者に利益や幸福をもたらす故に大切である」 感謝は 、結果として自分自身や周囲の人々に幸福をもたらすことがあります。それは、感謝のもつ重要な意義の一つです。このサイトの「感謝の力」というページで述べられている「感謝は力をもつ」という立場は、感謝がもたらすものに注目した立場の一つです。 B. 感謝自体に注目⇒「感謝の心は、それ自体で、道徳的な意義をもつ」 感謝は、幸福を導くから大切なのではなく、それそのものが意義をもつという考えです。人は、他の人々との関係の下に生きていますが、お互いに人格を認め合うことは、人間としての関係を成り立たせる道徳的な基礎です。他者からの 恩恵に対して感謝をすることは、他者の人格を認めることであり、人間の相互的な行為における大切な基礎であるという考えです。 なお、相手の人格を認めるということは、その人の意見の正しさを認めることと同じではありません。 C. 感謝を もたらすものに注目⇒「感謝は、その人の心を映し出す鏡として意義をもつ」 感謝は、感謝をする人の心のあり方の表れでもあります。家族に対して不満ばかり話していた青年が、家族に対する感謝の気持ちを表わすようになったとき、重要なことは、感謝をするようになったこと以上に、なぜその青年が感謝をするようになったかということでしょう。感謝のもととなった心の変化は、その青年の重要な心の変化であることがあります。感謝は、複雑な心の姿を映しだす鏡として重要な意義をもちます。 また、感謝しつつ人生の最期をむかえたいという言葉を、人間の生き方をテーマとする書物のなかに見出すことががあります。 例えば、次のような言葉があります。 「最期に、自分が受けたすべてのものに感謝して、「ありがとう」と言って死んでいける生き方、死に方がしたい」(日野原、2006、 p.16)。 この場合も、感謝は、 心のあり方を映し出すものとして位置づけられています。 それでは、そのときに感謝をもたらす生き方とはどのような生き方なのでしょうか。それは、感謝の意義を探求するときの究極の問いと言えるでしょう。 ​文献​ 日野原重明 (2006). 有限の命を生きる. 週刊四国遍路の旅編集部『人生へんろ-「いま」を生きる30の知恵』、講談社. 文部科学省(2017). 『小学校学習指導要領解説 特別の教科道徳編 』(平成29年)、 downloaded 2022.8.17. Naito, T., Washizu, N. (2021). Gratitude in Education: Three perspectives on the educational significance of gratitude. Academia Letters, Article 4376. https:// doi.org/10.20935/AL4376. アンカー 2 アンカー 11 アンカー 1 TOPへ TOPへ TOPへ ​ 注1 負債感: 他者にお返しをする義務がある状態で生じる、返報の 義務感を伴うネガティブな感情 (Greenberg, 1980). このHPでは「心理的負債感」という語も用いますが、特に断らない限り両者を区別をしていません。 ​すまないという感情: 相手に迷惑を与えたことに対して感じるネガティブな感情。相手のもつ期待にそぐわなかったことに対する感情等が含まれます。 ​​文献 Greenberg, M. S. (1980). A theory of indebtedness. In K. J. Gergen, M. S. Greenberg, & R. H. Willis (Eds.), Social exchange: Advances in theory and research. (pp.3-26). New York: Plenum Press. 12 アンカー 13 本文元へ戻る アンカー 14 TOPへ TOPへ TOPへ TOPへ アンカー 15 アンカー 4 アンカー 31 補足・参考資料 ​ 次にあげるのは、それぞれ3,000字以上の​私たちのレポート(PDF文書)です。感謝の定義に関する21世紀初めの心理学の状況と​社会言語学の 研究成果を紹介しています。 1.感謝の 定義をめぐって 哲学や心理学における 感謝の定義について説明しています。 2. 感謝の言葉をめぐって 代表的な感謝の言葉である「ありがとう」と「すみません」の使用 に関する研究結果をまとめています。 ​ セクション本文 終 わり TOPへ アンカー 32

  • 感謝に至る判断、そしてその背後にある感謝の構造 | 生涯における感謝の心

    ​感謝の判断の構造 (内藤俊史、20 2 0.8.4 最終 更新日 202 3.4.16) 感謝は、広く、 心と 行動を含みます。感謝の心に限ったとしても、 感情と 認知が含まれます。 このセク ションでは、 感謝の心に含まれる認知的な働き、つまり 感謝をするかどうか を判断する過程 、そし てその背景にある感謝の 認 知の構造に光を当てます 。 サイト​メニュー アンカー 1 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 ​このセクションの内容 感謝の判断 ​ 感謝の構造(感謝の文法)​ ​ 感謝の気持ちを適切にもてる人-感謝の構造から 考える ​ 相手に感謝の負担をかけない方法-感謝の構造から考える 感謝の判断― 感謝に至るまでの判断 ​ 感謝の心には、感謝をす るかどうか、そして、もし感謝をするなら どの程度の感謝をするかという認知的な過 程、つまり感謝の判断 過程が含まれます。感謝の判断過程に は、メモを 取りながら考えるような「じっくりと考える過程」だけではなく、「直感」によるような過程も含みます。それらの過程 は 、次のような過程から成っていると考えられます ( 図 1) 自分の 利益や幸福に気づく。 自分の利益や幸福に、「他」(自分以外の何か)が貢献していることを知る。 後に説明する「 感謝の文法」に照らして、感謝に値するか、ど の程度の感謝をするべきかを判断する。 3で「感謝の文法」と呼ぶのは、感謝をするかどうかを判断するための、心の中にある規程集のようなものです。また、「文法」という言葉は、通常は意識化されることなく働いているという意味で、比喩的に用いています。 「感謝の文法」は、社会である程度共有されていると考えられます。しかし、年代、集団、文化による相違も考えられます。 ​感謝の構造(感 謝の文法) ​文化差や年齢差は別のページ、 「 感謝と 文化」 「 ​生涯における感謝の発達 」 で扱い 、ここでは、日本の社会において一般的なが他の人から受けた恩恵に対して感謝をする場合を想定して、 感 謝の文法の一 例を示 し ます。 し かし、 感謝について全ての人が共有できる定義をすることが難しいのと同様に、普遍的な感謝の文法を示すことは 容易なことではありません。ここでは一つの例を示します。この例 は、これまで哲学者や心理学者によって提案された感謝の定義を参考にし ています (Kant、 1797/1969); McCullough他、2 001 ; 内藤、2012: Roberts、2004: Smith、1759/2003)。詳しい説明は、次の 文書(PDF) を参照してください( ⇒ PDF文書 ) 。 感謝の文法(感謝の構造) 「私は、私の利益や幸福について、Xさんに感謝をしている」という場合に適用される条件または規則です。日本における大人を想定しています。​​ ******************** a. 私の利益や幸福の原因の少なくとも一部は、Xさんによるものであること。 ​ ​ b. 私が受けた恩恵が大きいほど一層大きな感謝をすること。 た だし、動機論的な 考えをもつ場合は、結果としての恩恵よりもXさんの動機 が考慮 の 対象にな ります 。 ​ ​ c. Xさんが費やした負担が大き いほど一層大きな感謝を すること b.と c .を合わせると、私が感じるXさんの行為の「貴重さ」(有り難さ)と一部重なると考 えられます。 ​ ​ d. Xさんは、望ましい あるいは 容認できる行為によって私に恩恵を与えたこと。 Xさ んの行 為が容認できるようなものでなかったとき、少なくとも公然と感謝をすることは難しい で しょう 。 ​ ​ e. 私は、結果としてポジティブな感情をもつこと 。 ここでいうポジティブな感情には、私 が獲得した利益による喜び、Xさんとの絆が強くなったことや絆が確認できたことの喜び、Xさんに対する敬意、Xさんに対する尊敬・畏怖があります。 感じる感情によって、感謝を さらに分類することが可能です。 ****** ********************* これらの条件ではもの足りないと感じる人も多いと思います。少し厳密な「文法」には以下が含まれることでしょう。 ​ f. Xさんは、私の利益や幸福を目的とした自発的な行いによって、私に恩恵を与えたこと。 aでは、利益や幸福の原因が「Xさんによるもの」というあいまいな表現になってい て、Xさんが何らかの形で影響を与えていればよいということになっています。しかし、f は、「私の利益や幸福を目的とした自発的な行いによって」という点で、より限定的です。その結果、Xさんの行為が、他の人の命令に従った場合は除かれます。また、道徳的な義務、法的な義務、その他の規則や慣習に従うことが動機となって行われた場合や、相手を助けるという目的が意識されることなく行われた場合なども、感謝の適用外になる可能性があります。 なお、現実の場面では、いつもこのような項目を確認する手順をふむとは限りません。歩いているとき、落としたものを拾ってくれた人に「ありがとう」と感じるのにさほど時間はかからないと思います。過去の同様の場面における判断の記憶を利用する等、手順は自動化、省略化されることがあるためです。 以下は、これまでの応用問題です。 感謝の気持ちを 適切にもて る人- 感謝の構造から ​ 感謝の文法に従うためには、幸福の原因を認識する能力を初めとして様々な知的能力が必要です。言いかえれば、感謝の気持ちを適切にもつ人は、それらの能力をもち、その能力を 適切に活用する人と言えます 。 以下に、感謝の気持ちをもつことができる人の特徴をあげます。 利益や幸福の認識 自分の受けた 利益や幸福に気づく 感 受性をもつこと。あるいは、出来事や事態を、利益や幸福として解釈する傾向があること。 利益や幸福の原因に関わる認識 自分の利益や幸福の原因を探るために、他との関係を含む認識の枠組みをもつこと 。 自分の利益や幸福の原因を探求し、その事実を受け入れること( 自分の利益や幸福を当たり前(当然のもの)とし、それらの原因を問うことを停止してしまうことがないこと)。 ​ 恩恵を与えてくれた人々の意図を理解し、払われたコスト を正確に認識すること。 ​ ​ ​相手に感謝の負担をかけない方法- 感謝の文法 から ​ 社会で共有されている感謝の構造(文法)は、いろいろな場面で確認することができます。 その一つは、恩恵を与えた人が、相手に心理的な負担をかけまいとして投げかける「私は、たいしたことはしていません 」などの言葉です。それらの言葉のもとを辿ってみると、感謝の文法に含まれる感謝の原因に関わる規則を確認 できます。 特に調査をした訳ではありませんが、それらの言葉をいくつかあ げてみます 。 ​ ​ 「簡単なことですから」 (c.コストの低さ)。 「それは私の仕事ですから」 (f.自発的な行為ではないこと)。 「(贈り物をするときに)つまらないものですが」 (b.利益の少なさ )。 ​「いつも助けてもらっていますから、そのお返しです」 (f.自発的な援助というよりは公正性の義務から)。 「見ていられなくてしただけですから」 (f.意志的てはないこと)。 ​ ​ それぞれの言葉は、感謝 の文法に照らして、感謝が不要になったり、感謝の程度が小さくなったりするため工夫であると考えられます。 感謝が求められることが多く、感謝に負担が伴いやすい社会では、感謝を抑制するような工夫が頻繁に用いられるのかもしれません。 セクション本文 終 わり アンカー 2 アンカー 5 TOPへ TOPへ アンカー 3 TOPへ TOPへ アンカー 7 TOPへ ​文献 Kant, I .(17971969). Die Metaphysik der Sitten. Königsberg :Bey Friedrich Nicolovius. (吉沢伝三郎・尾田幸雄訳. カント全集第 11 巻 人倫の形而上学. 理想社,1969 年). McCullough, M.E., Kilpatrick, S. D., Emmons, R.E. & Larson,D.B.(2001). Is gratitude a moral affect? Psychological Bulletin, 127, 249-266. Roberts, C.R. (2004). The blessings of gratitude: A conceptual analysis. In R. A. Emmons & M. E. McCullough (Eds.), The psychology of gratitude.New York: Oxford University Press. (pp.58-78). 内藤俊史(2012). 修養 と道徳――感謝心の修養と道徳教育.『人間形成と修養に関する総合的研究、 野間教育研究所紀要』、51 集、529-577. Smith, Adam (1759/2003). The theory of moral sentiments, first edition. London: A. Miller. (水田洋訳.『道徳感情論』,岩波書店. 2003 年). アンカー 4 本文に戻る ​図1 感謝の過程 アンカー 6

  • 感謝の文化差と文化摩擦|生涯における感謝の心

    ​ 感謝の文化差と文化摩擦 (内藤俊史・鷲巣奈保子 2020.8.4 最 終更新日 2024 .3.30 ) 感謝の心や行動は、どの文化でも共通なのでしょうか、それとも文化によって異なるの でしょうか。 このセクションの内容 ​ 感謝の文化差を理解することの大切さ ​ 感謝の行動の文化による相違-5 つの事例 ​感謝とともに生じる感情の文化差 ​文化による相違に気づくための枠組み 補足 感謝を表わす言葉のない社会 ( 自他の結合性、援助の義務性と慣習化 ) アンカー 1 アンカー 2 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 TOPへ TOPへ アンカー 3 TOPへ TOPへ TOPへ TOPへ 感謝の 文化差を理解すること ​の大切さ 感謝の文化差は、 文化 間のコミュニケーションにおいて、深刻な相互不信を導くこともあります。 私たちは、どの ようなときに感謝をするべきかを示す感謝の規範を身に着けて いますが 、それ らを、そのまま 「人間なら誰でも がそうするはずだ」と信じ込み、他の文化の人々にも適用することがあります。また、自分たちと異なる形での感謝を「感謝」として理解しないこともあります。 その結 果、相手のために尽くしたにもかかわらず、感謝をされていないと思って落胆したり、場合によっては、人格を無視されたように感じることさえあるでしょう。 哲学者のカント(1797/1969)は、感謝には尊敬が含まれると論じましたが、まさにその逆の事態、人格を無視された事態とでも言えそうです。感謝についての誤解が、深刻な結果を導きやすいのはこの点にあると思います。 次に、他の文化 に触れたときに生じた、感謝の行動をめぐる葛藤の事例をいくつかあげます。 なお、紹介する事例は、学会誌に公表されたものという訳ではありません。このことは、心理学などの学会で通常設けられている「データ収拾の手続きの規準」や「結果の解釈と一般化についての規準」が、意識されているとは限らないことを意味します。このことは、それぞれの著述の価値を低めるものではありませんが、考慮すべき 点です。とはいえ、これらの事例は、私たちの感謝のあり方 であるという信念に対して、反省を促すのは確かです。 ​ 感謝の行動の文化による相違-5つの事例 書籍 やインターネット の記事のなかから、感謝の文化差に関わる 5 つの 事例 を取りあげます。 それらの内の4 つは、日本 と海外との相違に関するものです。 a. 感謝を表現する ことの文化差 ― インドから アメリカ合衆国に移住した人の例 Singh(2015) は、インドからアメリカ合衆国へ移住した経験にもとづいて、感謝の表現の文化差について次のように述べています。 インドでは、ヒンズー語で感謝(dhanyavaad英語表記)を述べることはまれであり、もし話すとしても、かなりあらたまった場面であり、子ども同士でこの言葉を使うことはありません。しかし、アメリカ合衆国に移住後、頻繁に用いられ る感謝の表現として、"Thank you”を学ぶこととなりました。しかし、久しぶりにインドへ帰郷をしたとき、今度は、インドの人々を不快にさせてしまいました。兄弟、友人に対して、感謝を言葉にすると、冗談として受けとられたり、場合によっては相手を不快にさせました。ヒンズー語での感謝の表現は、相手との新たな関係をもたらすのですが、すでに構築されている親密な関係における感謝の表現は、むしろ関係を悪くしてしまう可能性さえあります。 ​ ​ b. 感謝の表現の頻度とタイミング―タイに赴任した日本人 社員の例 斉藤(1999)は、タイにおける滞在経験にもとづいて、日本とタイとの間のお礼のあり方の相違を述べています。 日本人である著者がタイに着任し、赴任の挨拶廻りをしたときのことです。日本で人気の出ていたポータブルテレビを持参したところ、取引先であるタイのオーナー夫妻は大変喜んでくれました。ところが、その二日後に、仕事で顔を合わせたときのことです。テレビのことは一切触れられることはなく、もちろん感謝の言葉はまったくありませんでした。 著者はそのことにひどく落胆しました。確かに、日本人の多くは、そのときに、一言、感謝の言葉があると予想することでしょう。 著者は、次のように述べています-「日本流に右から左へとお返しをするのは、せっかくの相手の好意を無にする無朕な行為ととられるそうだ。秘書や女性スタッフのばあいは、筆者の誕生日やバレンタインデーに、一年分のお礼とばかり豪華なケーキ、ワインなどをプレゼントしてくれる。これが、タイ・ウェイである」。 なお、タイの人々の感謝について、別の説明もあります。参考までに加えておきます。Holmes and Tangtongtavy (1995)は、タイの慣習についての著書のなかで、仏教の思想が浸透しているタイでは、プレゼントに対して過度に喜ぶことは強い物欲を示すものとして控えられるのだと説明しています。 ​ c. お礼のタイミングと頻度―日本における韓国からの留学生の例 私(内藤)が勤務していた大学で、留学生と研究の相談をしているとき、たまたま感謝やお礼の仕方について話題になったことがあります。その学生は、韓国からの留学生で、日本での生活はすでに10年を超えていました(30代女性 )。彼女は、贈り物をもらった後、短期間の間に何らかのお返しをするという日本の習慣になかなか慣れないとのことでした。今はその習慣に従ってはいるものの、未だに違和感があり、今でも、何かをプレゼントされると、嬉しい反面、そのお返しをどうするかを考えて重い気持ちになるとのことでした。 確かに、日本の社会での「お返し」「お礼」の習慣は、日本人にとっても、頭を悩ませるものだと思います。そして、韓国に限らず、他の文化から参入した人々にとって、日本における「お返し」「お礼」の習慣は理解するためには時間がかかることでしよう。 大崎(1998)は、より一般的に、 日本と韓国との感謝に関わるコミュニケーションについて次のように述べています。 「相手との摩擦をさけるため潤滑油的にむやみやたらに「ありがとう」「すいません」を連発する日本人と、軽々しく謝辞を言ってはならないとする韓国人がコミュニケーションすると、両者の間には当然ながら誤解が生ずる。日本人は、謝辞のない韓国人の態度に不快となり、韓国人は、謝辞の多い日本人に水臭さを感じ る」(大崎正瑠(1998)『韓国人とつきあう法』p. 104) ​ d.お礼のタイミング―日本における中国からの留学生の例 村山(1995)は、中国からの留学生から聞いた、「お返し」に関する疑問について述べています。その留学生の疑問は、要約すると次のようなものでした。 「日本ではお土産が必要と聞いて、中国のお土産を日本の人々に差し上げたのですが、そのつどお返しをもらいました。しかも、そのお返しは、お土産を差し上げた直後にいただくのが常でした。このお返しの意味がよく理解できません」。 確かに、日本人の間では、何かを受け取ったときや恩恵を受けたときに、あまり時間をあけないうちにお返しをすることがあります。村山(1995)によれば、中国人の考え方からすると、プレゼントをもらってすぐお返しをすることは、商業上の売買と同じことになってしまい、相手からの厚意を厚意として受け取らないことになるといいます。むしろ、厚意は受け取り、そこで築かれた関係を忘れずに、何かのおりに感謝の返礼をすべきであるというのが中国における感謝の流儀という訳です。 ​ e. お礼の表現の有 無-南アジア、中東における日本人旅行者 インドなど、南アジア、中近東を旅する日本人がよく経験する、 感謝に関わる文化差です。インドには、「バクシーシbaksheesh(英語表記)」という言葉があります。 それは、富める者から貧しいもの への施しであり、宗教的-社会的な務めとされます。観光地など様々な場所で、子どもや大人たちからバクシーシが求められます。功徳が得られるとされるこの施しに対して は、お礼の言葉はないのが普通 です。「お礼の一言」を期待しがちな日本人の多くは、違和感を感じることになります(事例をあげませんが、日本人による多くの体験談が、「バクシーシ」という語をインターネットで検索することによって得られます)。 ​ こ れらの事例は文化差に関するものでしたが、日本人の間でも、同様のことが起こり得ます。つまり、その地域の お返しの習慣に反することをすれば、「水臭い」と言われたり、逆に「恩知らず」 と言われたりすることもあります。 ​ 感謝とともに生じる感情の文化差 これまで述べた事例は、主に感謝の表現や行動に関するものでした。それでは、感謝の心に文化差はあるのでしょうか。 可能性の一つとして考えられるのは 、感謝が生まれる場面で、同時に感じる感 情の文化差です。感謝という感情は、負債感、尊敬、尊厳など様々な感情を伴う可能性があります。したがって、ある文化では、感謝が神への感謝と強く結びついているために、感謝に尊敬や畏怖の心が伴いやすいということは、十分に考えられます。また、お返しが強く期待されている社会では、恩恵を受けたときに同時に負債を感じやすく、感謝が負債感と強く結びつくことも考えられます。 このように考えると、どのような感情が同時に生じやすいかという点で、文化による相違が考えられます。この点を示唆する次のような研究結果があります。 一つ目は、Morgan, Gulliford, and Kristjánsson (2014)による研究です。彼らは、プロトタイプ分析という方法で、英国における感謝概念を分析し、負債感などのネガティブな感情概念が、米国の結果よりも心の中で近い概念として位置づけられることを見出しています。この結果は、ポジティブな感情としての感謝とすまないという感情が同時に起こりやすいとされる日本の場合と共通すると思われます。 二つ目は、感謝の経験の効果に関する研究結果です。感謝したいことを想起する経験(例えば、毎日、感謝することを3つ思い出す)が、well-beingを高めるという結果が、アメリカ合衆国における複数の研究で得られているのに対して、日本と韓国のいくつかの研究では、そのような効果がみられないという結果が得られています(例えば、日本では、 相川充・矢田さゆり・吉野優香、2013)。 考えられる説明の一つは、アジアの文化、なかでも、関係規範を強調する文化では、感謝とともに負債感などの感情が同時に生起しやすいために、感謝の経験を思い出すことは、特に短期的には、心理的な幸福感などの高揚は生じ難いというものです。 ​ 文化による相違に気づくための 枠組み 感謝は、文化に影響されそうな心理的過程を含んでいますので、感謝のあり方が文化によって異なるとしても不思議ではありません。例えば、感謝には、恩恵を与えてくれたものが誰(何)であるのか、そしてどのような理由で恩恵を与えてくれたのかを理解することが含まれています。それによって感謝の気持ちが生まれたり、あるいは感謝をすべきかどうかが判断されます。その過程で、文化によって異なる世界観や道徳的-宗教的義務などが関わることは避けられません。 それでは、恩恵を受けてから感謝の行動に至るまでに、どのような文化差が生まれる可能性があるのでしょうか。A.「感謝が生じるまで」、B.「感謝を感じるとき」、C.「感謝による行動」に分けて​整理をしました(表1)。 ***************************************** 表1. 感謝に関わる 文化差 (援助を受け たとき を例として) A. 「​感謝が生まれるまで」- 援助の意味付けに関する文化差 文化において、その援助が、a )どのような原因によって行われたと解釈されるのか、b)どのような意義があるとされるのか、c) どの程度の価値を生み出したとされるのかによって、感謝の程度と感謝の対象の文化差が生まれます。 a)「どのような原因によって援助が行われたとされるか」 例「援助をした人の心や 判断 」「社会的制度」「神仏などの超越者の意思」「自然の摂 理」など。 b)「その援助はどのような意義をもつとされるか」 例「道徳的な義務」「社会的義務」「宗教的義務」など。 その援助が何らかの義務とされる 社会では、その援助は感謝の対象からはずされる傾向があります。一 方、義務ではなく「 賞賛に値する行為」とされるような場合には、感謝の気持ちは高められると考えられます。 ​ *文化における「当たり前」 ところで、よく耳にする言葉に「当たり前」という言葉があります。「当たり前」の行為や出来事は、感謝の対象にはならない傾向があります。 それでは、「当たり前」とはどのような意味でしょうか。「当然のこと」「自然の理に則っていること」「人間として当然為すべきこと」などの回答が得られるでしょう。それぞれの文化における「当たり前」の内容には相違があり得ます。そして、その結果、感謝の文化差が生まれます。 ​ c)「援助によってもたら されたものにどの程度の価値が認められる のか 」 文化の価値体系は多様です。例えば、物質的利益にあまり価値を与えない文化では、物質的な援助を受けても大きな感謝にはならないでしょう。 ​ B. 「感謝を感じるとき」- 経験する感情の文化差 援助を受けたと きに感じる感情は、その援助を 「神仏による救い」と解釈したり、 「社会制度による救済措置」とみなすなど、援助の意味づけによって変わります。状況における感謝の意味づけは、文化により異なる可能性があり、そのため感謝の際に感じる感情に文化差が生 じる可能性があります。例えば、その援助が、神仏によって導かれたものとされれば、神仏に対する感謝と畏敬を感じることでしょう。また、援助者の思いやりによるものとされるのであれば、援助者に対して、感謝、親しみなどを感じることでしょう。 例 「ポジティブな感謝の感情、愛着」「負債感」「畏怖」「尊敬」「すまなさ」「恥」など。 C. 「感謝による行動」- 感謝の表出、反応の文化差 援助の意味づけ(A)と経験する感情(B)の文化差 は、感謝による行動の文化差をもたらします。さらに、感謝の感情表現の方法や、恩恵に応える方法(手段や時期 )は、さまざまな社会的、文化的要因によって規定されます。 例 「感謝の感情を表現することへの社会的期待(感情を表わすことへの評価」「神仏への感謝を表現するさまざまな方法」など。 この表は、感謝の文化的相違に気づくために役立つかもしれません。しかし、それらの文化差 についての理論的説明は、今後の課題です。 ​******************************************* 他の文化との交流のためにも、感謝の文化的な普遍性や相違を知る必要があるのは確かです。しかし、現在、すでに多くの 多様な文化が存在し、これからさらに文化の多様性が認識されるようになることでしょう。 信頼できる「感謝の文化的普遍性と相違の理論」が構成されるためにはさらに多くの研究が必要です。 このような状況で、私たちができることは、感謝に関する文化差の可能性を理解した上で、他の文化の人々と交流を重ねていくことではないかと思います。 ​ 最後に、一言加えたいと思います。これまで文化における感謝のあり方を、一端固定した上で、感謝のあり方の文化的相違を考えてきました。しかし、 文化交流の結果、感謝のあり方について文化間で学びあうという現象も無視できません。私たちの現在の感謝のあり方を、他の文化との交流の結果としてみる視点も必要です。 ​ ​ 参考 注意 音声 が出ます。 英語落語です。日本語の「ありがとう」は何通り? RAKUGO IN EN GLISH - 47 WORDS FOR "THANK YOU" 吉本興業所属カナダ人 落語家、桂三輝(かつらサンシャイン)さんの落語。日本語における感謝の言葉が多いことを描いています。2023.9.1アクセス ​ 文献 相川充・矢田さゆり・吉野優香 (2013). 感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験.東京学芸大学 紀要 総合教育科学系1,64, 125-138. Holmes, H. & Tangtongtavy,H. (1995). Working with the Tha is:A guide to managing in Thailand. Bangkok: White Lotus. カント、イマニュエル (1797/1969). 吉沢伝三郎・尾田幸雄訳 『カント全集第11巻人倫の形而上学』 理想社 (原著は、Die Metaphysik der Sitten, 1797年出版 ) Morgan, B., Gulliford, L., & Kristjánsson, K. (2014). Gratitude in the UK: A new prototype analysis and a cross-cultural comparison. The Journal of Positive Psychology, 9(4), 281-294. 村山孚 (1995).『中国のものさし・日本のものさし』 草思社 Naito, T. and Was hizu, N. (2015). Note on cultural universals and variations of gratitude from an East Asian point of view. International Journal of Behavioral Science 10(2), 1-8. 大崎正瑠(1998).『韓国人とつきあう法』 東京:筑摩書房 斉藤親載 (1999). 『タイ人と日本人』 東京:学生社 Singh Deepak (2015). “I’ve Never Thanked My Parents for Anything” The Atlantic. JUNE 8, 2015, Downloaded 2020.11.22. htt ps://www.theatlantic.com/international/archive/2015/06/thank-you-culture-india-america/395069/ 補足 感謝を表わす言葉のない社会(自他の結合性、援助の義務性と慣習化) このセクションでは、感謝の普遍的な存在を前提とし、その上での文化的な相違を考えてきました。しかし、より根本的に、感謝のない社会はあるのかという問題があります。 ところで、 感謝を短い言葉で特徴づけるとすれば、「自分と分離された他者が、自分の幸福に対して自発的に寄与したことに対する敬意や親しみの感情」ということになるでしょう。したが って 、感謝が成立するためには、「自—他の分離が意識されること」、そして「援助行為などに関する自発性が認識されること」が必要です。逆に、自-他の区別がなく、また援助行為などが何らかの形で当然のこととされたり、義務化されたりしているとき、感謝は存在し難いでしょう。 ここでは、少なくとも感謝の言葉が存在しない文化の例を紹介します。感謝が大切にされる私たちの社会のあり方を、あらためて認識する契機を与えてくれるでしょう。 感謝を表わす言葉のない社会 文化人類学者の奥野(2018)によると、ボルネオ島に住む狩猟採集民族のプナンの人々は、「ありがとう」に該当する言葉をもたないといいます。何かを贈っても、「jian kenep」(よい心がけ)という言葉が使われることはあっても、感謝の言葉はありません。プナンの社会の特徴としてあげられる第一の点は、物を与えること(気前が良いこと)という強い規範があること、あるいは個人の所有欲を抑制する傾向が強いこと、第二に、共有という精神にみちていることです。共有という精神は、物に限らず、精神(知識や感情)、行動(共に行動する)について適用されます。 これらをみると、プナンの社会の特徴は、感謝の成立しにくい状況にみえます。感謝の多い社会と どちらの社会が好ましいかというよりは、感謝の社会的基盤や発生を考える貴重な材料になります。 ​文献 奥野 克巳 (2018). 『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』 亜紀書房 ​ ​ ​ アンカー 4 TOPへ TOPへ アンカー 5 TOPへ アンカー 92 アンカー 93 アンカー 94 アンカー 95 ​サイトメニュー TOPへ アンカー 6 アンカー 96 TOPへ セクション 終了

  • 感謝の発達|児童期、青年期、成人期、老年期における感謝の心| 生涯における感謝の心

    ​生涯における感謝の発達 (内 藤俊 史 ・鷲巣奈 保子、2020.8.4 最終更新日 2023.10.16) 感謝の心や行動は、年齢とともにどのように変わっていくのでしょうか、そして、生涯のそれぞれの時期でどのような意義をもつのでしょうか。 アンカー 1 アンカー 3 サイトメニュー 【生涯における感謝の心 】TOP 感謝とは何か-感謝の典型、周辺、そして意義 * 参考 感謝の判断の構造 * 参考 神道と仏教における感謝 感謝の力 すまないという心と心理的負債感 感謝の問題点 感謝の文化差と文化摩擦 生涯における感謝の発達 * 参考 感謝に関する小さな謎 サイト・主催者紹介 検索結果 ​ このセクションの内容 年齢と感謝 児童期まで ― 「感謝」の習 得 青年期 ― 自己アイデンティティの探究と 感謝 の再構成 成人期 ―家族、 社 会​に対する責任と感謝 高齢期 ― 人生の意味づけと感謝 参考 ​ 年齢とともに変わる感謝の歌 アンカー 8 年齢と感謝 私たちは、生涯を通して「他」との関わりのなかで生 きています。「他」との関わりは、成長とともに広がり、 変 化を します。人は、その都度生じる新たな課題、つまり発達上の課題に取り組みます(Erikson, 1977,1980)。感謝の心や行動は、それぞれの時期における発達上の課題に取り組むなかで、様々な姿を表わします。 次にあげる表1は、それぞれの時期における感謝の姿または感謝のテーマです (​詳しくは、Naito & Washizu,2019 )。発達の時期の区分については、研究者によってさまざまな区分が提案されていますが、ここでは、「児童期」「青年期」「成人期」「高齢期」というおおまかな区分を採用しています。 ​ 表1 発達の各時期における感謝 ​のテーマ -------------------------- [児童期とそれ以前 ] 感謝の言葉や行動、そしてその背景にある感謝の目的・効用、感謝に関わる基本的な約束事 を習得 します 。 [青年期] 社会的-歴史的世界において自分は何者なのか、つまり「自己アイデンティティ」を探究します。より広い視野の下で、これまで感じてきた感謝の意義や適切性をあらためて問い直します。 [成人期] 家族や社会を維持、発展させる責任とともに、次の世代へのつながりを自覚します。感謝の対象は、そのような観点から拡大します。 [高齢期] 人生を振り返り、人生の意義を考えます。社会、世界、自然の歴史のなかに人生を位置づけ、あらためて感謝の対象や感謝のあり方を探ります。 ---------------------------- ※ なお、発達という枠組みで人間を理解するときに考慮しなければならないことは、発達段階がいったん設定されると、すべての人々が歩むべき「模範的な道」として固定される恐れがあることです。発達段階は、むしろ、すべての人々の多様な発達を説明できるように修正されていくものです。 以下、「児童期とそれ以前」「青年期」「成人期」「高齢期」の各時期における感謝のテーマについて説明をします。 TOPへ アンカー 2 TOPへ 児童期まで ― 「感謝」の習得 (⇒ 研究結果を含む 詳しい文書 (PDF文書) ) ​この時期における 感謝のテーマは、 感謝の表現 ( 言葉や 行動)と、 感謝 の意義を学ぶことです。 しかし、そのことは、児 童期において、感謝という「心理-行動」のセットが、無の状態のなかに 新た に獲得されることを意味している訳ではありません。 第一に、感謝という概念には、人の動機の理解や因果関係の認識など、さまざまな知的能力や知識が前提とされています(このサイトの頁「感謝の判断の構 造」 参照)。それら感謝の源資は、感謝の行動や意味を学ぶ前から育ち始めています。 第二に、感謝の行動と意義の習得は、児童期で完了するという訳ではありません。生涯を通じて、感謝のあり方は発達を続けます。ゲームでたとえれば、ゲームの規則を学びゲームの参加資格を得た後も、そのゲームに強くなるための技術や能力が必要になるのと似ています。 児童期には、感謝の基本的な特徴のいくつかが学ばれます(「 感謝の判断の構 造」の頁 参照)。 ​ 感謝の行動(言葉) 子どもたちは、「何かをもらったときにはありがとうと言う」など、単純化された 感謝の社会的ルーティンから学び始めると考えられます。単純な学習のようですが、次に紹介するアメリカ合衆国で行われた研究が示すように、さほど簡単な学習ではありません。 Grief and Gleason (1980)は、 5 歳の子 どもたちが親 と一緒にいるときに、挨拶の言葉や感謝の言葉を声にするかどうかを、実験室のなかで観察しました。その 結果、86%の子どもは、親がきっかけや手がかり を与えたときに感謝の言葉を発しましたが、それらがないときには、感謝の言葉を声にした 子どもは7%に過ぎませんでした。 さまざまな状況で自発的な感謝の行動が可能になるためには、 さまざまな知的能力の獲得が必要になります。 感謝の概念 子どもたちは、 より洗練された感謝のルールや感謝の目的・効果を 学び ます 。 児童期における次のような 変化が、これまでの研究によって示唆されています。 児童期の 初め およそ小学校低学年までの子どもたちの感謝は、恩恵を与えてくれた人の意図や、費やされた負担(コスト)が十分に考慮されない傾向にあります。このような感謝は、「Xをしてもらったらありがとうと言う」という、紋切り型の感謝を想像させます。このような感謝のあり方の理由として、恩恵を与えてくれた人の観点に立って考えることが不十分であることが考えられます。 児童期の後期 小学校の高学年になると、恩恵を与えてくれた人の意図が、その人に感謝をするかどうかの重要な決定因になります。つまり、恩恵を与えた人が、規則や義務、あるいは他者からの命令によるのではなく、「相手のために」という自発的な意思に基づいて恩恵を施したときに、感謝を受けるに値すると考えるようになります。 また、恩恵を与えた人が費やした負担(コスト)に応じて、感謝の程度は異なるべきだと考えるようになります。 したがって、「高い犠牲を払ってでも、自分のために自発的に恩恵を与えてくれた人」への感謝は強くなり、相互の関係は強められます。つまり、感謝は、特定の関係を強めることに寄与するようになります TOPへ アンカー 4 TOPへ 青年期 ― 自己アイデンティティの探究と感謝の再構成 ( ⇒ より 詳しい文書(PDF) 、内藤、2019) 青年期の年齢については諸説ありますが、ここでは10代前半から20代後半を想定します。青年期のあり方には個人差も考えられますが、典型的と思われる感謝のあり方を描くことにしましょう。 青年期において、社会的世界は、認識の上でも活動の上でも広がります。児童期で築かれた他者との 関係は、より広い社会的視点からとらえられるようになります。そして、​あらためて、「自分は何者か」という問いかけ、つまり自己アイデンティティの探究 が始まります。このような青年期の特徴は、青年期以前における感謝の再考を促します。 ​ 青年期の初め-感謝の対象の再考 拡大された社会的な視野に基づいて、それまで感謝の対象とされていた事柄や人々が、感謝の対象として相応しいものであるのか、あらためて問われます。場合によっては、これまで感謝の対象であった親に対する不信や反抗を伴います。 再考の過程では、自分が感謝すべき対象に十分な対応(恩返しなど)をしてきたのかという点にも、反省の目が向けられるようになります。自分が、感謝をすべき対象に対して相応しい対応をしていないと思ったときには、「すまない」という気持ちをもつ可能性が生まれます。 池田(2006)は、中学生から大学生を対象に、青年による母親への感謝について調査をしました。その結果、これまで親から受けてきた恩恵に対して十分に答えていないという感覚によって、 「すまなさ」の感情の高まる時期(「母親に対する感謝の自責的な心理状態」)を示唆しています。 青年期の終わり -社会的な視野の下での感謝 その後、職業につくなど、いわゆる社会への参入を果たし、 責任を伴う自立が求められるようになります。また、他者からの恩恵は、その背景にある社会的状況や歴史的状況の因果関連のなかで理解されるようになります。例えば、親から受けた恩恵には、そのような親の行動を可能にした社会的、歴史的背景があることを認識し、より広範囲の対象が自分の幸福と関わりをもつと認識されるようになります。そして、「社会への恩返し」などより広い範囲への恩返しを考えることが可能になります。 ​ アンカー 5 成人期 ― 家族、 社会​に対する責任と感謝 ​ ここでは、20代後半から60代前半にかけての時期を成人期とします。 成人期に、特 性感謝(感謝の傾向)が高まる傾向が見いだされていま す。 Chopik, Weidmann, & Purol(2022)は、日本を含む88か国におけるインターネットによる大規模な質問調査の結果を分析したところ、各国で共通して、およそ20代後半(25-34歳)から60代前半(55-64歳)までの間、特性感謝つまり感謝傾向が高まることを見いだしました 。 いろいろな解釈が可能です。20代後半になって、家族や職をもつなど、安定した社会的関係を もち、自分の幸福に他者が貢献してい ることに気づく機会が多くなるのでしょうか。 ​​ ​ アンカー 10 TOPへ 高齢期 ― 人生の意味づけと感謝 ​ 高齢期 の定義やその時期についても 、時代的変化や文化差があります。ここでは、およそ65歳以上を高齢期とします。 高齢期は、個人差が大きいといわれます。高齢期の人々を囲む環境に個人差が大きいこと、そして身体的な健康に関しても個人差が大きいからだと 考えられます。また、高齢期といっても、初期と後期、さらには超高齢期では相違がみられます。それことを踏まえた上で、高齢期 の一般的な傾向 を考えたいと思います。 質的な変化と量的な維持 前に引用したChopikら(2022)の分析によると、高齢期以降は、特性感謝つまり感謝の量的な傾向はあまり変化がないとされています。 しかし、日本の10代から60代の男女に対して、感謝の対象を調べた調査によると、60代では、他の年代に比べて、次の項目への感謝が大きいという結果が得られています―日常生活のささいなこと、自分が生まれてきたこと、自然の恵み、いのちのつながり、自分が過去に苦労したこと、自分が置かれている環境、自分の健康状態、運命、神あるいは仏に対する感謝(池田、2015)。 およそ60歳以降、量としての特性感謝には変化がないものの、感謝の対 象の変化という質的な変化が生じていると考えられます。さらに推測すると 、高齢期の初期である60代から、感謝の質的な変化が始まり、その結果、特性感謝つまり感謝をする傾向全体は減少しないという解釈も可能です。 ​ 高齢者の共通性と 発達上の課題 高齢者の一般的な特徴は、身体的に活動可能な領域が狭くなること、そして、自分の生の限界を意識することでしょう。このような条件の下で、この時期の発達上の課題を引き受けます。Erikson (1977) は、生涯にわたる心理的発達の8つの段階を提唱しました(最終的には9つ目の段階が設定されました)。高齢期に当たる第8段階において、人々は自分の人生の意義を、社会-歴史的文脈のなかに見いだし、最終的には死を穏やかに受け入れるという課題を引き受けます。 世界観と人生の物語 人生の意義を見いだす過程で、自分の人生を位置づけるための背景が必要になります。背景には、物理学的宇宙観や、先祖から今の家族に至る家族史観など が考えられます。 高齢者の人々にとって、 どのような世 界を描くのか、そしてその世界のなかでどのように自分を位置づけるかが課題になります。そして、私たちの関心は、人がその「世界」において感謝がどのような働きをするか、あるいは感謝がどのように位置づけられるのかという点にあります。 これらの点について、老年学や老年心理学の領域で注目されている「老 年的超越」という概念は示唆に富みます。 老年的超越理論は、スウェーデンの 社会学者Tornstamによって提唱された、高齢期に生じる価値観の変化と心理的適応との関連を説明する理論です。老年的超越理論によれば、高齢期には物質主義的で合理的な世界観から、より宇宙的で超越的な世界観への移行(これを老年的超越という)が生じ、そのような価値観の変化とそれに伴う心理・行動の変化が、高齢期における主観的幸福感の維持・向上に寄与しているとされます(Tornstam, 2017/ 2005)。 この過程のなかに感謝が含まれると考えられます。 一方、日本の高齢者に同様の老年的超越インタビューを行ったところ、共通点が見いだされたものの、宇宙的な視野とは別に、先祖や未来とのつながりに言及することが見いだされています( 増井、2016 )。 これらの研究結果をみると、抽 象的な世界観のなかに自己を位置づけるタイプとともに、具体的な死者との関係を介在にして、先祖や神仏の世界との関わりを志向するタイプがあると考えられます。もちろん、他にも様々な世界が描かれると考えられます (Naito & Washizu, 2021) 。 それぞれの人々が、自分自身による世界を描き、感謝をどのように感じることができるのか、そしてその際どのようなサポートが可能かが今問われていると思います。 ​ ​​ 私たちは、現在、高齢者の感謝について検討 を続けています。以下の論文は、​高齢者の感謝についての私たちの論文とレポートです。 ​ ​鷲巣奈保子・内藤俊史(20 22).高齢者における感謝の特徴と機能. お茶の水女 子大学人文科学紀要 第18巻、157-168. PDF文書. 日本における老年的超越(約1,500字). PDF 文書 高齢者にお ける家族と先祖への感謝(約5,000字). PDF文書. ​ 英文原著 TOPへ TOPへ 文献 ​ Chopik, W. J., Weidmann, R., Oh, J., & Purol, M. F. (2022). Grateful expectations: Cultural differences in the curvilinear association between age and gratitude. Journal of social and Personal Relationships, 39(10), 3001-3014. エリクソン、E.H., 仁科弥生訳(1977、1980). 『幼児期と社会1、2』、みすず書房. Gleason, J. B., & Weintraub, S. (1976). The acquisition of routines in child language. Language in Society, 5(02), 129-136. Greif, E. B., & Gleason, J. B. (1980). Hi, thanks, and goodbye: More routine information. Language in Society, 9(02), 159-166. 池田幸恭(2006).「青年期における母親に対する感謝の心理状態の分析」『教育心理学研究』54巻 487‒497. 池田幸恭(2015).感謝を感じる対象の発達的変化. 和洋女子大学紀要、55、65-75. 増井幸恵(2016). 老年的超越 日本老年医学会雑誌、53、210-214.https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_53_3_210.pdf 内藤俊史(2019). 青年期における心理的自立―感謝感情のあり方を通して―.『野間教育研究所紀要』、第 61 集青年の自立と教育文化、238-268. Naito, T. and Washizu, N. (2019). Gratitude in life-span development: An overview of comparative studies between different age groups. The Journal of Behavioral Science, 14, 80-93. Naito, T., Washizu, N. (2021). Gratitude to family and ancestors as the source for wellbeing in Japanese. Academia Letters, Article 2436. https://doi.org/10.20935/AL2436 トーンスタム、ラーシュ (2017). 冨澤 公子 (翻訳), タカハシ マサミ.『老年的超越―歳を重ねる幸福感の世界―』. 晃洋房. (Tornstam,L:Gerotranscendence;A Developmental Theory of Positive Aging. Springer Publishing Company, New York, 2005). ​ Wood, A. M., Froh, J. J., & Geraghty, A. W. (2010). Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychology Review, 30(7) , 890-905. アンカー 6 TOPへ TOPへ 参考 ―年齢とともに変わる感謝の歌 年齢を重ねていくとともに、感謝のあり方は変わっていきます。 それぞれの年齢層を対象としていると思われる感謝の歌(日本語)で、アクセス数の多い歌をリストしました。 それらの歌詞をみると、感謝が、それぞれの年齢で大切にされていることがわかります。しかし、それがどのような意味で大切なのかは、年齢によって異なるようです。 ​ 注意 音声が出ます。広告が入ることがあります。 「ありがとう」歌 伊藤碧依、作詞・作曲小林章悟 卒園式や卒業式で歌われることがあると聞きます。子どもたちにこのような感謝の心が育って欲しいという願いのこもった歌。 「ありがとう」歌 いきものがかり、作詞・作曲水野良樹 これから共に生きて、幸せを分かち合う人に対する感謝の歌。2010年度上半期のNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の主題歌でした。 「ありがとうの唄」歌・作詞・作曲𠮷幾三 (約1分50秒後に歌が始まります) 年齢も少し高くなって、人生を振り返りながら、これまで出会った人、出会ったこと・ものに対して感謝をしつつ人生を終わらせるような生き方をしたいと願う歌。 「感謝」歌 坂崎幸之助、作詞北山修、作曲加藤和彦 (約60秒後に歌が始まります) 亡くなる人の立場からの感謝の歌です。​ ​ このセクションの終了

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