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感謝に起源をもつ民俗芸能と祭り

     ― 祭りがもつ​教育的意義

(内藤俊史・鷲巣奈保子、2025.8.20   最終更新日 2026.8.14

渓流(島根県出雲市鰐淵寺) 2009.8.12 

キーワード:  民俗芸能、お囃子、祭りの教育的意義、地域による教育、川越市、神と自然への感謝

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   自然や神仏への感謝や願いは、長い年月において祭りなどの社会的・集団的な営みを生み出してきました。このような営みは、広い意味で教育の場としても機能してきました。本ページでは、埼玉県川越市の状況を手がかりに民俗芸能活動が持つ教育的意義と課題について考えます。(所要時間:約10分)

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    はじめに 

   自然や神への畏敬に根ざした感謝や願いは、儀式や祭礼を生み出してきました。それらは、神職等による儀式に限らず地域住民の参加を伴い、暮らしに根ざした営みとして地域社会の結束を支えてきました。
   このページでは、儀式や祭礼の際に演じられる民俗芸能に焦点を当てます。ここで言う「民俗芸能」とは、a.   地域の風俗慣習や信仰に根ざし、b.   地域の人々によって行われ、c.   世代をこえて継承されてきた
芸能を指します。
    本ページでは、特に「c. 世代をこえた継承」に着目し、なかでも指導や稽古など、継承のためにある程度の年月を要する活動を含む民俗芸能を取り上げます(注1)。 

   近年、こうした伝統的活動の果たしてきた機能が、改めて注目されています。地域の結束力や教育力の低下が指摘される中、その対応策として地域における様々な教育的資源の活用が求められるようになりました。ここで言う「教育的資源」とは、子どもと大人の学びを促し支える人的資源や施設を初めとして、広く文化や伝統を含みます。それらの資源を活用するためには、地域に眠る教育的資源を再発見したり、場合によっては新たに創造することが必要になります。地域における民俗芸能活動は、その有力な一つと考えられます。

   しかし、民俗芸能活動のあり方や役割は地域で異なると考えられます。このページでは、埼玉県川越市の状況を参考にしつつ、教育的資源としての民俗芸能活動の意義と課題を考えます。なお、民俗芸能そのものというよりも民俗芸能に関わる様々な活動を意味するために「活動」という言葉を添えます。 

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注1「民俗芸能」という語については、日本芸術文化振興会のサイトにおける次の説明に基づいています。「地域の暮らしの中で行われる祭礼や行事において人々が演じる歌や舞、踊、演劇といった芸能、またその祭礼や行事そのものを民俗芸能といいます」。その上で、それらの芸能は、地域の担い手によって地域の風土や信仰を反映しつつ受け継がれてきたとされます(日本芸術文化振興会  2025.9.13 閲覧)

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川越市における民俗芸能活動

 初めに、このページを作成するに当たって背景となった川越市の状況を紹介します。

 川越市では、社寺の祭礼を初め、五穀豊穣への祈念や感謝を表す「万作」や無病息災を願う「ふせぎ」など、数多くの伝統的な年中行事が継承されています(注2)。それらの行事の多くで、獅子舞、お囃子、神楽といった伝統芸能が演じられます。 例えば、川越市には、国の重要無形民俗文化財に指定されている川越氷川祭りの山車行事を初めとして、6件の埼玉県指定無形民俗文化財、12件の川越市指定無形文化財があり、獅子舞、お囃子、神楽などの伝統芸能が演じられます(2024年11月28日更新、2026.7.14閲覧、川越市ホームページ)。それらの民俗芸能は、地域の人々を中心とした「お囃子の会」や「保存会」によって演じられます。ちなみに、川越市お囃子連合会には39の団体が加入しています(川越祭り公式ホームページ、2026.7.14閲覧時点)。 

 しかし、全国的な傾向として、民俗芸能は後継者育成の問題に直面していると言われています(毎日新聞、2024.11.6)。川越市のお囃子保存会でも後継者育成の課題を認識し、子どもたちのお囃子グループを設ける等、その対策が試みられています(川越市教育委員会、2016)

注2

   川越市で行われる祭りとしては、川越氷川祭りが広く知られています。川越氷川祭りに関するサイトや文献は多く、それらによって教育的な取り組みについても知ることができます。 本ページでは、それらの資料とともに、川越市の他の伝統行事を含む以下の資料を参考にしました。  

A  川越市内で行われている民俗芸能活動に関する主なサイト                                       

 子どもとおとなによる舞の練習など、鯨井の保存会の活動がホームページで公開されています(2025.6.27閲覧)。 

B  川越市における民俗芸能活動に関する文献​​​​

  • 川越市教育委員会 (1981).『川越市子ども民俗芸能大会解説書』〔未公刊資料] ​

  • 大久根茂(2002). 川越の祭りと芸能. 小泉功監修 『川越の祭り』埼玉新聞社. pp. 194-199. 

C 民俗芸能活動に関する調査・研究

 全国に視野を拡げると、祭りに参加し観察を行った研究が数多く報告されています。埼玉県内では、例えば、お囃子保存会への参加観察を通じて子どもの学びやそれを支える大人たちの交流を記述した以下の研究があります。 

  • 阿部淳子 (2004). 祭囃子の活動が結ぶ子ども・家族・地域. 『日本家政学会研究発表要旨集』, 56, p.99.                

 

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民俗芸能活動の教育的資源としての意義

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 それでは、地域における民俗芸能活動はどのような意義をもつのでしょうか。とりわけ、どのような教育的な意義をもつのでしょうか。そして、その教育的な意義は、民俗芸能活動のどのような特徴に由来するのでしょうか。以下にその主な要素を整理します。 

A 共有された目的のもとに役割と責任が与えられること

  • 演技や演奏の具体的な目的が他のメンバーと共有され、その下で参加者には具体的な役割と責任が課される。

  • 歴史や伝統の継承者としての自覚が求められることで、伝統に対する責任や役割を認識することにつながる。
  • ​祭りなどの「ハレ」の日に、公の場において演技や演奏を披露する機会がある。ハレの日は、日常の日々に区切りを与える日でもあり、子どもや青年が役割を演じ切り、自分自身の成長を確認したり自尊感情を高める場となり得る。

B 技能の習得過程における世代を超えた豊かな交流

  • 技能は、具体的な形で、熟達者である年長者から継承されさらに次世代へと伝えられる。このように、異年齢間の交流が行われ、子どもから高齢者まで幅広い世代が文化の継承という相互的な活動に関与する。 

  • 子どもから高齢者まで、高いレベルの者から「学び」より低いレベルの者に「教える」という双方の立場を経験する機会がある。その結果、集団は、教え学び合う、豊かな教育的相互作用をもつ場として認識される。 

  • 年長の子どもや青年にリーダーシップを学ぶ機会が課せられる場合がある。 

C 地域の歴史に触れること

  • 一般的な日本史理解に対して、具体的で身近な地域の歴史を位置づける契機となる。

  • 動作を通じて、過去の人々の体験を身体的に追体験し、歴史への理解を深める契機となる(伝統的農作業の動作を含む舞など。例、花園の御田舞など)。 

  • 民俗芸能が関わる祭事は、自然との関わりを示すものが多く、自然に対する畏怖や感謝など人々がもち続けてきた感情に触れる機会がある。

D 身体的な学びと教え

  • 動作を中心とした身体的な学びと教えが豊富に含まれ、非言語的な伝達が重要な要素として含まれる。 

 

 これらの特徴に基づいて、民俗芸能活動は、子どもや青年の自己アイデンティティ、自己肯定感、地域への愛着などが関わる教育の場となることができます(注3)

 また他方で、そのような場は、高齢者を含む大人たちにとって、地域の子どもたちへの教育的な役割・意義を自覚する場になります。

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注3 学校教育との関係 

   地域における民俗芸能活動と学校教育との関係について、概略を以下にまとめます。

 学校教育の視点に立てば、民俗芸能を学校教育の教科における目標の下に位置づけることで、教育内容をより豊かにする可能性が生まれます。総合的な学習の時間、社会科、道徳科、音楽、体育などの授業において、祭りや民俗芸能を題材として活用する試みはすでに報告されています(例として、埼玉県教育委員会による県内学校による実践集)。さらに、特別活動において部活動の選択肢として民俗芸能を取り入れる試み学校行事としての運動会における盆踊りの採用、放課後子供教室に採用する試みも既にみられます(子どもたちの意識調査として、近畿日本ツーリスト、2015)
 一方、地域の民俗芸能活動の視点に立てば、学校で取り上げられることにより、地域における民俗芸能活動の活性化に繋がる可能性があります。また、「学校文化との接触」は、地域の民俗芸能活動のあり方に影響をもつとともに、「地域-伝統文化」と「学校文化」とが触れ合う貴重な場になるのは明らかです。

教育的資源としての民俗芸能活動の課題 

  教育的資源としての民俗芸能活動は、教育のための豊かな土台を提供します。しかし、それを真に教育として機能させるためには、子どもや青年一人ひとりが持つ、善くなろうという心を大切にし、彼らに働きかけることによって学びが促される環境を整える必要があります。民俗芸能活動は、その構造(仕組み)によって豊かな教育の可能性を提供します。しかし、それが直ちに教育的意義を発揮するとは限りません。

 

地域による多様な課題

 民俗芸能活動が地域の教育的資源として機能するためには、どのような課題があるのでしょうか。

ここでは、課題の多様性を指摘するにとどめたいと思います。というのも、次に示すように、川越市の状況に限った場合でも、課題は多様であると予想されるからです。むしろ、地域ごとの課題を見いだし、その地域に即した解決策を探究することが重要であると考えられます。

 川越市における民俗芸能活動のあり方には地域差があり、各地域が抱える課題も異なると考えられます。例えば、2000年代初頭に実施された川越氷川祭に関する総合的な調査によると、対象となった38のお囃子連は、流派や使用楽器の構成だけでなく、会員数や入会資格においても差異が見られました。会員数は15人から66人まで幅があり、入会資格については、男性に限定している会が3件、何らかの年齢制限を設けている会が13件、さらに町内在住など居住地を条件としている会が19件ありました(川越市教育委員会, 2003, 資料編, p.434)。

   こうした差異に加え、現在の川越市における地域の多様性(商業地域、農業地域、集合住宅地域など)を踏まえると、伝統的な民俗芸能活動の維持・発展に関する課題が一様ではないことは容易に想像できます。このような状況においては、地域の課題を的確に把握し、それに対応できる力と組織が求められているのではないかと考えられます。

​課題の一般的性質  

 地域による課題の多様性を考慮し、ここでは具体的な事例から一歩離れて、民俗芸能活動において生じる課題の一般的な性質について考えます。民俗芸能に関わる活動では、指導体制のあり方や集団内の人間関係のあり方についての具体的な課題から、民俗芸能活動を支えてきた伝統的な価値観や信念の再検討といった抽象的な課題まで、さまざまな課題が考えられます。それらの中には、メンバー各自のライフスタイルの尊重やジェンダー平等といった現代的なテーマも含まれます。 
 また、民俗芸能活動が深く関わってきた祭りに視野を拡げれば、近年では、宗教的要素と非宗教的要素(地域活性化、観光振興、地域愛の醸成など)との調和をいかにはかるかという課題も浮上しています。

 それらの課題は、次の二つの一般的な対立的カテゴリーに分類することができると思います。   

A. 伝統 vs 現在・将来
 伝統に根ざした価値観や信念と、現代社会における価値観との葛藤
B. 地域・集団限定性 vs 普遍性
 地域固有の価値観や信念と、他の地域あるいは普遍的な価値観・信念との葛藤 

​ それぞれの地域における課題に一つずつ対応していくことによって、民俗芸能は教育的資源としての力をさらに発揮することが期待されます。

 

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注4

 現在では、宗教的な色彩のない、何らかの統一的なテーマの下で人々の集まる活動を「祭り」と呼ぶことがありますが、ここでは伝統的な祭りを想定しています。

注5 

 祭りや民俗芸能の活動では役割が細分化され、それぞれに期待される行為や意識が異なることが示唆されています。また、年齢に応じてより高度な役割が与えられる例があり、通過儀礼としての機能を持つことが指摘されています(倉林、1999)。

民俗芸能活動と感謝の心

   前のセクションで指摘したように、民俗芸能活動には子どもたちの様々な面を育てる要素が含まれています。このセクションでは、サイト全体のテーマである「感謝の心」に焦点を当てます。しかし、時代変化の激しさもあり、「民俗芸能活動は感謝の心を育てるのか」という問いに答えるための十分な知見が蓄積されているとは言えません。そこで本セクションでは、今後の探究の基盤を築くために、民俗芸能活動と感謝の心との関係を整理します。 

祭りの目的としての感謝と祈念

    民俗芸能の多くは祭りの際に演じられ、祭りの一部として位置づけられています。

 一方、祭りは感謝の心と切り離して考えることはできません。一言でいえば、祭りは、神への感謝と祈念を込めた、一定の形式に基づく組織的な営みであると言えるでしょう(注4)。祭りにおいて定められているさまざまな所作は、感謝と願いの表現として意味づけられています。たとえば、神前での拝礼や祝詞の奉仕、供物の奉納といった神事は、神に対する感謝や願いを示す行為とされます。また、山車の上で演じられる囃子や舞いも神への奉納芸能として位置づけられます。

  このような点から、民俗芸能を演ずる人々を含めて祭りに参加する多くの人々は、何らかの形で神や自然への「感謝の形式(儀式)」に参加していると言えるでしょう。

   そこで問題となるのは、祭りへの参加が、個々の参加者の感謝の心とどのように結びつくのか という点です。  

  祭りが感謝や願いを表す組織的な形式であるとしても、民俗芸能を演ずる人々を含め、祭りを担う大人や子どもが、常に感謝や祈りの気持ちを動機としているとは言えませんし、祭りによって感謝の心が高められると断言することもできません。 

 では、祭りにおける人々の心はどのようなものでしょうか。この点について今後探究する上で考慮すべき二つの点を挙げたいと思います。

祭りにおける人々の心-多様性  

  第一の点は、祭りにおける心の多様性です。

   福島(2002)による高千穂夜神楽の研究では、高千穂において神楽に関わる様々な役割を担う人々の意識が調査されています。その中には心から神々に感謝して舞うことを目指す舞い手による語りが記されています(福島、2002)。

   歴史的な観点からみると、氏神への信仰を基盤としていた祭りは、次第に地域連帯や娯楽的要素などの非宗教的な目的が意識されるように変化してきたとされます。民俗学者・柳田国男は『日本の祭』(初版1941)において、「祭」を神主や氏子など神事に直接関わる人々によるものとし、「祭礼」を広く見物人も含む人々の参加する営みとして区別をしました(柳田、1969)。そして近年は後者の形での発展を続けてきたとされます。   

   さらに近年では祭りへの参加に込められる思いの内容が一層多様化しています。氏神やその他の神々への感謝・祈り、自然や広く超自然的な存在への感謝・祈りに加え、伝統の理解や継承、地域連帯、郷土への愛着、芸術的表現、自己の達成感や自尊感情など、さまざまな動機が(正当な動機として)意識されるようになってきました(注5)。 

​  このように、祭りが感謝の形式(儀式)であるとしても、民俗芸能を介して参加する人々を含め、祭りの参加者の心は多様化しています。

 しかし、感謝の心が祭りから失われたという訳ではなく、祭りにおける感謝の経験のあり方が多様化しているといった方が適切ではないかと思います。

 儀式に参加することによって神への感謝を経験する人もいれば、祭りの活動のなかで他の参加者への感謝を経験する人もいるでしょう。祭りに含まれる活動には、地域内や世代間の(相互)援助の機会が織り込まれています。その結果として感謝を意識する機会も生まれているはずです。祭りへの思いの多様化は、祭りにおける感謝の多様化を伴っていると考えられます。 

  

祭りにおける人々の心-その多層性

 もう一つ重要な点は、一人一人の心の 多層性 です。 祭りに限定するまでもなく、多くの人々は、以下のような複数の心の層を微妙な緊張関係の下に保持しているのではないでしょうか。  

 

  • 「公的な意見」地域や社会の一員としての見解・立場

  • 「私的な思い」個人としての思いや願い

  • 「無意識の動機」自分が気づいていない心理的動機


 例えば、公的には「地域の連帯感」を目的としつつ、私的には「この一年の家族の幸福や自然の恵みに対して神に感謝したい」という思いがあり、さらに無意識の層では「舞手としての自分の力を自他ともに確認し示したい」という自尊感情が参加の原動力となっている場合など、さまざまな心の在り方が想定されます。

 あくまで仮説的なモデルに過ぎませんが、祭りが複合的な機能をもち人々がそれを意識するに至った現在、祭りにおける子どもやおとなの心を理解するためには、そのための多層的な心のモデルが求められると思われます。 

  

 このセクションでは、祭りの一部として民俗芸能活動をとらえることによって、より広い観点から民俗芸能活動における心を探究するための基盤づくりを試みました。今後研究が進むことで、民俗芸能活動の教育的な意義や社会的な意義が明らかになっていくことが期待されます。 

文献 

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