
感謝に起源をもつ民俗芸能
― 祭りがもつ教育的意義の一つとして
(内藤俊史、2025.8.20 最終更新日 2025.9.15
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キーワード: 感謝、民俗芸能、祭り、お囃子、地域における教育、社会教育、教育資源、川越
自然や神仏への感謝や願いは、長い歴史のなかで、祭りなどの社会的-集団的活動を生み出してきました。それらの活動は、広い意味で教育の場でもあります。 本ページでは、埼玉県川越市における民俗芸能活動の教育的意義について、その素描を描きます。
このセクションの内容
はじめに
自然や神への畏敬に根ざした感謝や願いは、儀式や祭礼を生み出してきました。それらは、神職や僧侶による儀式に限らず地域住民の参加を伴い、暮らしに根ざした営みとして地域社会の結束を支えてきました。
このページでは、なかでも、儀式や祭礼に伴う民俗芸能に焦点を当てます。ここで言う「民俗芸能」とは、a 地域の風俗慣習や信仰に根差し、b地域の人々によって行われ、c 世代をこえて継承されてきた芸能活動です。
このページでは、世代をこえた継承(c)のために、ある程度の期間を必要とし、指導や稽古などの継承のための活動が含まれるものを取りあげます(注1)。
注1
民俗芸能について、日本芸術文化振興会のサイトには次のような説明があります。「地域の暮らしの中で行われる祭礼や行事において人々が演じる歌や舞、踊、演劇といった芸能、またその祭礼や行事そのものを民俗芸能といいます」、また、それらの芸能は、地域の担い手によって、地域の風土、信仰、を反映しつつ、受け継がれてきたとされています(日本芸術文化振興会 2025.9.13 閲覧)
近年、こうした伝統的活動の果たしてきた機能が、改めて注目されています。地域の結束力や教育力の低下が指摘される中、その対応策として、地域における様々な教育資源の活用が求められるようになりました(なお、ここで言う「教育資源」とは、子どもと大人の学びを促し支える人的資源や施設に加え、広く文化や伝統そのものを含みます)。そのためには、地域に眠る教育的資源を再発見したり、場合によっては、新たに創造することが必要になります。
このページでは、埼玉県川越市における地域の教育資源として、民俗芸能活動に焦点を当てます。
川越市における伝統的民俗芸能活動
川越市では、寺社の祭礼を初め、五穀豊穣への感謝を表す「万作」や、無病息災を願う「ふせぎ」など、数多くの伝統的な年中行事が継承されてきました(注2)。それらの行事の多くに、獅子舞、お囃子、神楽といった伝統芸能が含まれています。 例えば、川越市には、国の重要無形民俗文化財に指定されている川越氷川祭りの山車行事を初めとして、6件の県指定無形民俗文化財、12件の市指定無形文化財がありますが、その多くに、獅子舞、お囃子、神楽などの伝統芸能が含まれています(川越市ホームページ、2025年)。なお、川越氷川祭りの場合には、山車行事などに参加するお囃子保存会などの団体が39団体あります(川越祭り公式ホームページ、2025年)。
しかし、全国的な傾向として、民俗芸能は後継者育成の問題に直面していると言われています(毎日新聞、2024.11.6)。川越市のお囃子保存会では、後継者育成の課題を認識し、その対応を進めています(川越市教育委員会、2016)。
注2
川越市内で行われている伝統芸能活動に関する主なサイト
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鯨井の万作保存会 保存会の活動が、ホームページで公開されています。 2025.6.27閲覧
川越市で行われる祭りとしては、川越氷川祭りが知られていますが、その他の伝統的行事を含む解説として、以下を参考にしました。
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川越市教育委員会 (1981). 『川越市子ども民俗芸能大会解説書』(未公刊)
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大久根茂 (2002). 川越の祭りと芸能. 小泉功 監修 『川越の祭り』 埼玉新聞社. pp. 194-199.
民俗芸能活動の教育的資源としての意義
民俗芸能活動が教育的な意義をもち得るとすれば、それは民俗芸能のどの性質によるものなのでしょうか。以下に、その主な要素を整理します。
A 活動の目的が共有されるとともに、役割と責任が与えられること
活動を成功に導くために、参加者に明確な役割と責任が課されます。また、全体の目的を共有する機会が与えられます。更には、歴史や伝統の継承者としての自覚が求められることによって、伝統的な責任や役割を担うことにつながります。
B 技能の習得過程における異年齢間の交流
・必要とされる技能は、熟達者である年長者から継承され、また年少者へと伝えられます。このように、年齢を超えた相互交流が行われ、子どもから高齢者まで幅広い世代が関与します。
・子どもや青年が「教える」「教えられる」という双方の立場を経験する機会があり、教育的な相互作用が生まれます。
・動作を中心とした身体的な学びと教えが多く含まれ、非言語的な伝達なども重要な要素となります。
C 地域の歴史に触れること
・一般的な日本史の理解に加え、地域固有の歴史を具体的に位置づけることが可能となります。動作を通じて、過去の人々の体験を身体的に追体験し、歴史への理解を深める契機となる可能性があります。
・民俗芸能が関わる祭事は、自然との関わりを示すものが多く、自然に対する畏怖や感謝など、人々がもち続けてきた感情に触れる機会があります。
これらの特徴に基づいて、民俗芸能活動は、子どもや青年の自己肯定感、自己のアイデンティティ、地域への愛着等をめぐる教育の場となることができます(注3)。
注3 学校教育との関係
民俗芸能活動が学校教育とどのように関わるかは、重要なテーマです。これらの活動は、学校教育の目標の下に位置づけることによって、公教育の一環として取り入れることが可能になります。たとえば、総合的な学習の時間、社会科、道徳科、芸術、体育などで題材として活用する試みは既に報告されています(例えば、レビューとして、久木山、2025等)。また、特別活動における部活動の選択肢として発展させることも考えられます。
学校教育とともに民俗芸能活動を考えることには、もう一つ大きな意義があります。それは、民俗芸能活動への参加が、特殊な経験としてではなく、学校教育を含む子どもの全体的な発達過程の中でどのような意味を持つのかを改めて考え、教育的な価値として位置づける機会になることです。
教育的資源としての民俗芸能活動の課題
地域により異なる課題
民俗芸能活動が、現在の地域の教育的資源として定着し、機能するためには、どのような課題があるのでしょうか。それらの課題は、川越市における各地域に応じて異なると考えられます。というのも、民俗芸能活動の現在のあり方に地域差があると推測されるからです。
例えば、2,000年代初めに行われた川越氷川祭りに関する総合的な調査によると、対象となった川越氷川祭りに関わる38のお囃子連は、流派や使用楽器の構成だけではなく、会員の人数や入会資格においてばらつきがみられました。例えば、会員数は、15人から66人と幅があり、入会資格については、男性に限定する会が3件みられ、また年齢制限を設けている会は13、さらに町内在住など居住地を限定する会は19件ありました(川越市教育委員会、2003、資料編、p. 434 )。
これらの差異に加えて、川越市の地域の現在の多様性(商業地域、農業地域、集合住宅地域など)は、伝統的民俗活動が各地域において維持され、発展していくための課題が一律ではないことを伺わせます。
課題の一般的背景
地域による多様性を考慮して、ここでは、課題の一般的な性質について述べることにします。
各地域の活動におけるこれからの課題は、指導のあり方や集団における関係のあり方などの具体的な課題から、民俗芸能が関わってきた伝統的な価値観や信念への対応といった一般的な課題までが考えられます。個々の課題については扱うことはできませんが、それらの課題は、主に次の二つの一般的な対立カテゴリーに含まれるものと考えられます。
A. 伝統 vs 現在・将来
伝統に根ざした価値観や信念と、現代社会における価値観との葛藤
B. 地域限定性 vs 普遍性
地域固有の価値観や信念と、他の地域あるいは普遍的な価値観・信念との相違や緊張関係
それぞれの地域における課題を解決することによって、民俗芸能は教育的資源としての力を発揮することになると考えられます。
民俗芸能活動における感謝の位置について―今後の探究のために
これまで、川越市における民俗芸能活動のもつ教育的資源としての可能性について、その素描を描いてきました。いくつかの問いが残されています。なかでも、このサイトのテーマである「感謝心」が、これらの民俗芸能活動とどのような関係をもつのかという問題です。
この問題は、次の二つの問いに分かれます。
1. 感謝の心は、民俗芸能活動を始めたり、継続する動機にどの程度なっているのか。
2. 民俗芸能活動は、感謝の心にどのような影響を与えているのか。
これらの問いに取り組む上で、次の点を留意事項としてあげたいと思います。
a. 祭事という脈絡
民俗芸能活動の多くは、楽器演奏や舞踊それ自体ではなく、伝統的な祭事における役割を担うことを目的として伝承されています。楽器演奏以上の意味が、そこにはあります。子どもや青年が、どのように認識するのかは、重要な問題と考えられます。
b. 意識されている複数の目的、そして隠れた機能
例えば、祭りの目的について問われたとき、「地域の人たちの関係を深めること」を挙げる人は現在において多いのではないかと思います。しかし、私たちの心は複雑であり、目的は一つとは限りません。さらに、私たちが意識していなくても、ある隠れた目的を達していることもあります。
民俗芸能活動が関わる多くの祭りは、自然や神への感謝や祈りに基づいているとされます。そのような感謝や祈りが、祭りを担う人々のなかでどのような意義と働きを持つのかは、興味深い問題に違いありません。
文献
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川越市教育委員会 (1981). 『川越市子ども民俗芸能大会解説書』
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川越市教育委員会 編 (2003). 『川越氷川祭りの山車行事 調査報告書 本分編、資料編』
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川越市教育委員会 教育総務部文化財保護課 (2016). 川越氷川祭の山車行事. 『文化遺産の世界』 vol. 28 特集5 https://www.isan-no-sekai.jp/feature/201701_05 2025.8.31閲覧
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川越祭り公式ホームページ 2025.8.1閲覧https://www.kawagoematsuri.jp/index.html
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川越市ホームページ (2024.11.28). 無形民俗文化財一覧 https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kurashi/bunka/1003787/1003798/1004069.html 2025.6.27閲覧
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川越市ホームページ(2025.7.15) 学校部活動地域連携・地域移行の推進について https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kosodate/kyouiku/1004595/1004649.html 2025.8.3閲覧
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久木山健一(2025).祭りを学ぶ 祭りで学ぶ.-学校と祭りの関係のありかたについて. 教育諸学研究 第38巻 17-29 神戸女子大学教育学科https://suica.repo.nii.ac.jp/record/2000402/files/教育諸学研究38-05事例報告-久木山健一.pdf
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毎日新聞 (2024.11.6) <コモンエイジ>祭りの「消滅」100件超す 都道府県の無形民俗文化財アンケート https://mainichi.jp/articles/20241104/k00/00m/040/184000c 20254.22閲覧
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小泉功 監修 (2002).『川越の祭り』 埼玉新聞社.