
感謝に至る過程 (最終更新日 2022.12.26)
感謝に至るまでの心理的メカニズムはどのようなものでしょうか。
「感謝に至る過程」といっても、「個々の状況で感謝の気持ちが生まれる過程」という意味のほか、いくつかの意味があります-「感謝をする心が育つ個人の発達史」「人々が感謝心を形成し展開をしてきた社会-文化史」さらには「人類が生物として感謝心をもつようになった進化の過程」。それぞれ興味深いテーマですが、このセクションでは、初めにあげたテーマ、「個々の状況で感謝の気持ちが生まれる過程」を対象とします。
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このセクションの内容
感謝の気持ちをもつまでの過程
感謝の気持ちをもつようになる心理的メカニズムはどのようなものでしょうか。残念ながら感謝の気持ちが生まれるメカニズムについては、まだ十分に明らかになっているとはいえません。このセクションでは、感謝をするかどうかの判断に焦点を当てて、感謝の生まれる条件を探ります。それによって、感謝の気持ちをもつ過程を推し量ることにします。
感謝をするかどうか、どの程度の感謝をするかという判断には、主に次のような過程が含まれていると考えられます(図1)
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自分の利益や幸福に気づく。
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自分の利益や幸福に「他者」(自分以外の何か)が貢献していることを知る。
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後に説明する「感謝の文法(感謝図式)」に照らして、感謝に値するか、どの程度の感謝をするかを判断する。
これらをみると、感謝の過程はごく単純な過程であり、容易な過程にさえみえます。しかし、実際はそうではありません。私たちは、日常の生活において、感謝すべき利益や幸福に気がつかないことも多々あります。また、今獲得している地位や財産が、他者ではなく自分自身の努力や能力によるものであると考えたいという欲求は捨て難いものです。
自分の利益や幸福が、自分自身に起因するものであると理解する傾向、あるいは「当然の帰結である」「当たり前である」と解釈する傾向は、時として、感謝への傾向と衝突することがあります。
3において「感謝の文法(感謝図式)」と呼ぶのは、感謝をするかどうかを判断するための、心の中にある感謝の規程集のようなものです。また、「文法」という言葉は、通常、意識化されることなく働いているという意味で、比喩的に用いています(学術用語としてではありません)。「感謝の文法」は、社会においてある程度共有されていると考えられますが、他方で、世代、集団、文化による相違も考えられます。子どもたちは、この「文法」を習得しつつ、社会における感謝に関わるコミュニケーションに参加していきます(しかし、その前に「子どもたちなりの感謝の文法」があると考えられます)。
感謝の文法(感謝図式)
感謝の文法の例を次に示します。感謝について共通の定義をすることが難しいのと同様に、共通の文法を示すことは容易いことではありません。ここでは、一つの"サンプル"を示します。
感謝の文法(規程集)
(「私は、私の利益や幸福について、Xさんに感謝をしている」場合)
a. 私の利益や幸福の原因の少なくとも一部は、Xさんによるものであること。
b. 私が受けた恩恵が大きいほど一層大きな感謝をすること。ただし、動機論的な考えをもつ場合は、結果としての恩恵よりもXさんの動機が考慮の対象になる。
c. Xさんが費やした負担が大きいほど、私はXさんに対して一層大きな感謝の気持ちをもつこと。
d. Xさんは、望ましい行為、少なくとも容認できる行為によって、私に恩恵を与えたこと。
e. 私は、ポジティブな感情を結果としてもつこと。ここでいうポジティブな感情には、私が得た利益による喜び、Xさんとの絆が確認できたことや絆が強くなったことの喜び、Xさんに対する敬意・尊敬等がある。
これらの条件ではものたりないと感じる人も多いと思います。少し厳密な「文法」には以下が含まれことでしょう。
f. Xさんは、私の利益や幸福を目的とした自発的な行いによって、私に恩恵を与えたこと。
aでは、利益や幸福の原因が「Xさんによるもの」というあいまいな表現になっていて、Xさんが何らかの形で影響を与えていればよいということになっています。しかし、f はより限定的です。その結果、Xさんの行為が、他の人の命令に従った結果である場合は除かれます。また、規則や慣習に従うことが動機となって行われた場合や、相手を助けるという目的が強く意識されることなく、流されるままに行われた場合なども、感謝の適用外になります。
なお、現実の場面では、いつもこのような項目を確認する手順をふむとは限りません。歩いているとき、落としたものを拾ってくれた人に「ありがとう」と感じるのにさほど時間はかからないと思います。過去の同様の場面における判断の記憶を利用する等、手順は自動化、省略化されることがあるためです。
感謝の気持ちを適切にもてる人
感謝の過程を踏まえた上で、適切に感謝の気持ちをもつことができる人とはどのような人なのかを考えてみましょう。
次のような特徴が考えられます。
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自分の得た利益や幸福に対する高い感受性をもつこと。
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自分の得た利益や幸福の原因を問い、その原因が他者であることを受け入れること。
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恩恵を与えてくれた人々の意図を理解し、払われたコストを正しく認識すること。
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自分の利益や幸福を当然のもの(当たり前)とみなし、それらに関わる他の貢献に関する、それ以上の思考を停止させるようなことがないこと。実際、社会は複雑化し、自分がどのような組織的、個人的恩恵を受けているかが見えにくくなっていることも考えられます。
これらは、常識的にもうなづけることではないかと思います。しかし、私たちは、社会的要因や発達的要因によって、時として、これらの特徴と相反する傾向をもつようになります(特に発達的要因については、このHPの別のセクション、「年齢とともに変わる感謝」でとりあげたいと思います)。
なお、性格特性と感謝傾向との関係について、多くの研究が行われています。例えば、以下のような結果が得られています。これらの結果は、特定の性格特性が、これまで述べた過程の全体に、あるいはその一部に影響を与えることを示唆しています。
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正の関係 Szcześniak et al. (2020)の結果
協調性 agreeableness
外向性 extraversion
開放性 openness to
experience
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負の関係 Solom, et al. (2016)の結果
物質主義 materialism
シニシズムcynicism
自己愛 narcissism
*自己愛は、多くの研究者によって定義がなされていますが、基本的には自分が自分を愛すること(その結果他者を無視すること)、シニシズムは、他者に対する疑念的な態度、物質主義は人生の意味を物質的なものとする考えを意味します。

図1 感謝の過程
文献
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Solom, R., Watkins, P. C., McCurrach, D., & Scheibe, D. (2017). Thieves of thankfulness: Traits that inhibit gratitude. The Journal of Positive Psychology,12(2), 1-10.
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Szcześniak, M., Rodzeń, W., Malinowska, A., & Kroplewski, Z. (2020). Big Five Personality Traits and Gratitude: The Role of Emotional Intelligence. Psychology research and behavior management, 13, 977–988. https://doi.org/10.2147/PRBM.S268643
日本語以外のバージョンは、機械翻訳による試作です。