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​年齢とともに変わる感謝
(内藤俊史・鷲巣奈保子、
最終更新日 2022.8.2)

 感謝の心は、年齢とともにどのように変わっていくのでしょうか。そして、感謝の心は、生涯のそれぞれの時期で、どのような意義をもつのでしょうか。

 
 

​一般的なテーマ

年齢とともに変わる感謝の心

 人は、生涯を通して、「他」との関わり方を模索しつつ生きています。感謝の心は、他者、社会、世界など、「他」との関わりを示す感情です。したがって、感謝は、生涯における他(人、もの、こと)との関係の姿を映し出す鏡の一つといってもよいと思います。つまり、生涯における感謝の心のあり方を知ることは、人が生涯において他とどのような関わりをもち、それがどのように移り変わっていくのかを知るための重要な手がかりになると考えられます。

   生涯における「他との関係」を考えるにあたって、「発達課題」と「重要な他者」を基本的な概念として採用しました。「発達課題」は、発達の各時期において達成の課せられる課題であり、「重要な他者」は、各時期において意義をもつ他者(人、もの、こと)です。それぞれを簡単な説明をします。
 

発達課題  

   発達課題とは、人間が生きていく上で、それぞれの発達の段階で取り組まなければならない課題です。「発達課題」 という言葉は、多くの発達心理学者によって用いられてきましたが、なかでも、エリクソンErikson、E. H.による「発達課題」の概念は、発達心理学の世界ではよく知られています。​発達課題について、エリクソンは、次のような仮説を提起しました。人は成長とともに生活世界、つまり生活の範囲を拡げていくが、社会や文化はそれにともなって、適切な形で課題、発達課題を人々に与えていくというものです。 (エリクソン、1977、1980) 。

重要な他者(人、もの、こと)

 乳児にとって、母親などの養育者と適合的な関係をもつことは、重要な「発達課題」と考えられます。このように、それぞれの時期における発達課題には、その課題に関わる「重要な他者」が伴っています。乳児期から老年期に至るまで、それぞれの時期における「重要な他者」に対する感謝の心のあり方は、その時期のwell-beingに大きな影響をもつと考えられます。

 

 あらためてまとめると(表 1)、  

・人間の生涯のそれぞれの時期において、達成すべき発達上の課題がある。

・ それぞれの時期における発達課題に関わる重要な対象(家族、友達、集団、社会、世界など)が存在する。 

 

 表1は、感謝をテーマとして、発達課題と重要な他者を、仮説として設定したものです。

 このような観点の下で、このセクションでは、生涯のそれぞれの時期における発達課題にかかわる「重要な対象」に対する感謝のあり方に焦点を当てます。                                                                

 
 
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  表1  発達の各時期における感謝に関わる課題

  • [児童期 ]   重要な他者: 家庭、仲間

 子どもどうしや大人とのやりとりのために、感謝の文化的ルーティン、「感謝の文法」を獲得する

  • [青年期・成人期 ]  重要な他者: 家庭、仲間、社会

 感謝の文法にもとづいて対人的な感謝の心を展開するが、他方で公正性などの別の道徳的な価値との葛藤を認識し、統合する感謝のあり方を求める

  • [高齢期] 重要な他者: 家庭、仲間、社会、他の世界

  自分の人生を受容する過程で、宇宙、死後の世界等、より広い「他」に対する感謝のありかたを探究する 

文献

  • エリクソン、E.H., 仁科弥生訳(1977、1980). 『幼児期と社会1、2』、みすず書房.

  • Naito, T. and Washizu, N. (2019). Gratitude in life-span development: An overview of comparative studies between different age groups. The Journal of Behavioral Science, 14, 80-93.

 
 

​それぞれの年齢期における感謝の姿

 
 

誕生から児童期―生涯における感謝

 内藤俊史・鷲巣奈保子 2020   

 乳児期  

   感謝感情の発達に関わる最初の問いは、感謝の心は生まれながらに備わっているのかというものでしょう。アメリカ合衆国の心理学者、エモンズとシェルトン Emmons, & Shelton,  (2002)は、生後間もない子どもが自発的に感謝を表すことはなく、また、多くの親が子どもたちに感謝の心や感謝の行動を教えようと努力しているという事実からすれば、感謝の心が生まれながらに備わっているとはいえないと主張しています(Emmons & Shelton, 2002)。

 確かに、大人社会における意味で、感謝をしたり感謝の気持ちをもったりするためには、様々な能力が必要です。感謝をするということは、単に快さや嬉しさを感じることとは異なり、比較的高い知的判断をその内に含んでいます。例えば、自分が得た快さや幸福は誰によるのか、そしてその人がどのような意図をもって自分に幸福をもたらしたのかを判断することが含まれています。これらの判断のための能力が生まれながらに備わっているとは考え難いと思います。したがって、感謝の心が生まれながらに備わっているとは考え難いことになります。  

 他方で、乳児をもつ多くの母親にとって、授乳の後にみせる乳児の表情は、「ありがとう」という言葉がなくても、感謝の気持ちを表しているとしかみえないかもしれません。しかし、乳児が、単に空腹をみたされた満足感を表わしているのか、それとも母親への感謝を表わしているのかを、その表情や動作だけから見極めることは難しいと思います。

  感謝感情が生まれながらに備わっているのかという問題は、興味深い問いには違いありません。しかし、現在のところいえることは、感謝感情の基盤としての心理的な要素、例えば共感や愛着などは、早くから備わっていると考えられるものの、感謝感情には、高度な認知的要素が前提になっていて、人は誕生以降徐々にそれらを獲得していくということでしょうか。  

 初めに焦点を当てるのは、言葉による感謝の表現です。日本の子どもたちの多くは、感謝を表すための言葉を幼児期に獲得すると考えられます。実際、何かをもらった3―4歳の子どもに「ありがとうは?」といって、親が子どもに感謝の言葉を促している姿はよく見受けられます。また、幼稚園での挨拶などの教育の姿をみても、多くの場合、子どもはかなり年少のころから「ありがとう」という言葉を学ぶことがうかがえます。

 それでは、この時期の子どもたちは、実際には感謝の言葉をどの程度学んでいるのでしょうか。幼児期の子どもたちの感謝の言葉についての研究がアメリカ合衆国でいくつか行われています。

 感謝の言葉の使用について、5、6 歳の子どもたちと 10 歳程度の子どもたちを比較した研究が行われています。5 歳の子どもたちが親と一緒にいるときに、「こんにちは」、「ありがとう」、「さようなら」という言葉を話すかどうかを実験室のなかで観察した研究が行われています(Grief and Gleason, 1980)。その結果、86%の子どもは、親がきっかけや手がかりを与えたときは感謝の言葉を発しましたが,それらがないときには、感謝の言葉を発した子どもは7%に過ぎませんでした。

  同様の研究には、ハロウィンの夜の子どもたちの行動を観察した研究があります(Gleason & Weintraub, 1976)。ハロウィンには、子どもたちがグループで各家を回ってキャンディやお菓子をもらうという習慣が北米にみられます。ハロウィンの夜、大人からキャンディをもらったときの子どもたちの会話を分析したところ、10 歳児では 83%の子どもたちが感謝を述べていましたが、6 歳以下の子どもたちで、感謝を述べたのは 21%に過ぎませんでした。

 これらの研究は、5、6 歳程度の子どもたちの多くは、親などから手かがりやきっかけを与えられれば感謝の言葉を発しますが、自発的に感謝の言葉を述べるようになるのは、10 歳程度であることを示唆しています。

  ただし、以下の点を考慮する必要があります。一つは、状況による差異です。感謝をする場面が、頻繁に生じる場面である場合や、相手が親しみのある相手である場合は、より年少でも感謝の言葉を言うことば可能でしょう。また、第二は、文化差の存在です。例えば、インドにおいてはヒンズー語で感謝 (dhanyavaad)を述べることは稀であり、もし述べるとしてもかなりあらたまった場面であり、また子ども同士で使うことはほとんどないといいます(Singh, 2015)

 児童期から青年期前期における感謝のルールの習得  

 およそ10 歳以前の時期は、一般に、家族との関係とともに、他の子どもたちとの関係が生まれてきます。そのような相互のやり取りのなかで、大人と同様の感謝のあり方が獲得されていきます。

 私たちは、感謝に関するある程度共通の概念やルールをもち、子どもたちは、それらを成長とともに習得をしていくと考えられます。そこで問題になることは、感謝に関する共通の概念やルールとはどのようなものなのだろうかというものです。ここでは、感謝に関するそれらのルールを「感謝の文法(感謝図式)」と呼び、その内容を整理します。         

   感謝の感情や感謝の行為を特徴づける性質は何でしょうか。古くは、感謝のもつべき性質について、哲学者のイマヌエル・カント(Immanuel Kant)は、感謝には恩恵を与えてくれた者に対する尊敬という要素が含まれることを強調しました(Kant,1797/1969)。また、社会学者のアダム・スミス(Adam Smith) は、感謝される者は、自分の自由な意志にもとづいて行われた望ましい行為によって、他者に恩恵を与えている必要があることをあげています(Smith,1759/2003)。

 また、21 世紀になって、アメリカ合衆国の心理学者、E.,マッカラ (McCullough, E.)らは、アダム・スミスを初めとする哲学者や心理学者の見解にもとづいて、感謝のもつべき性質をまとめています(McCullough et al.2001)。

  ここであらためて、「感謝の文法(感謝図式)」として、以下に手短にまとめます(このHPの別のセクション「感謝に至る過程」にも掲載)。なお、これらの規則は、ある程度人々の間で共有されているとはいえ、世代、集団、文化による相違もまた考えられます。

「私はXさんに利益や幸福(Y)について感謝をしている」というときの、感謝の文法(規程集)。 

a. 私の利益や幸福(Y)の原因の少なくとも一部は、Xさんによるものであること。

b.  私が受けた恩恵が大きいほど、Xさんに対して一層大きな感謝の感情をもつこと。ただし、動機論的な考えの場合は、結果よりもXさんの動機が考慮の対象になる。

c.  Xさんが費やした負担が大きいほど、私はXさんに対して一層大きな感謝の気持ちをもつこと。

d.  Xさんは、望ましい行為、少なくとも容認できる行為によって、私に恩恵を与えたこと。

e.  私は、ポジティブな感情を結果としてもつこと。ここでいうポジティブな感情には、私が得た利益による喜び、Xさんとの絆が確認できたことや絆が強くなったことの喜び、Xさんに対する敬意・尊敬等がある。 

 

 これらの条件は、「ゆるい」感謝の規準かもしれません。少し厳密な「文法」には以下が含まれます。

f.  Xさんは、私の利益や幸福を目的とした自発的な行いによって、私に恩恵を与えたこと。

  

    eで述べられているように、感謝の感情の生じる状況では、同時に様々な感情を伴うことがあります。それらの感情として、恩恵を与えてくれた人に対する親しみ、尊敬、そして畏怖の感情などいわゆるポジティブな感情、そして、負債感、すまないという感情、自尊心への脅威などのネガティブな感情があります。どのような感情が度の程度伴うのかは、感謝の生じる状況や文化により異なる可能性があります。

  感謝という行為や感情について、ある程度共有されているルールがあり、子どもや青年はこれらを習得することによって、大人の社会における社会的なやり取りに参加をします。感謝についてのこれらのルール、つまり感謝のルールが、どの程度の普遍性をもつのかは、今のところ明らかではありませんが、感謝感情の発達を考える際の仮説的な枠組みを提供します。

                  

児童期における「感謝の文法(感謝図式)」の獲得―いくつかの研究  

 感謝の文法(感謝図式)の獲得や発達に関わる、いくつかの研究が行われています。ここでは、代表的な研究を紹介します。

 初めに、前にあげた「d. 感謝される人は、相手の利益や幸福を目的とした行為により恩恵を与えていること」というルールについての研究を紹介します。

 グラハム・サンドラ Graham Sandra (1988) は、5歳から 11 歳の子どもたちを対象にして、感謝感情を初めとする3つの感情(感謝感情、誇り、罪悪感)と動機との関係認識が、どのように発達するのかを検討しました。感謝感情に関しては、「相手を助けたいという自発的な動機のもとに行われた行為でなければ感謝の対象にはならない」というルールの獲得の年齢的な変化を調べました。

  子どもたちは、感謝に関する以下2つのシナリオのうちの一つを読み、後に続く質問に対する回答が求められました。感謝のシナリオ(シナリオ1)は、学校のサッカーチームのキャプテンが、思いやりから転校生を選手に選ぶというものでした。それに対応する二つ目のシナリオ(シナリオ2)は、サッカーチームのキャプテンが転校生を選手に選ぶが、理由は、校則のなかに新しい転校生をチームの選手にするという決まりがあるからというものでした。

 実験に参加した子どもたちは、それぞれ一方のシナリオを読み、次に、いくつかの質問に回答しました――転校生が野球のボールを2つ手に入れたとします。そのとき、転校生はお礼としてその一つをキャプテンにプレゼントする可能性はどのくらいあると思いますか。また、転校生はどの程度、感謝を感じたでしょうか。

 その結果、5-6歳児では、その後の転校生の行動や感謝の程度は、ほとんど2条件で差がありませんでしたが、10-11 歳児では、統計的に意味のある差がみられました。すなわち、5-6歳児では、感謝やお礼の行為は、思いやりが原因となって恩恵を受けた場合と、校則が原因となっている場合とで区別されていませんが、その後、年齢とともに、「感謝される人は、相手の利益や幸福を目的とした行為により恩恵を与えていること」という感謝のルールが獲得されていくことが示唆されました。

  その他、「恩恵を与えた人が、恩恵を与えるために費やしたコストが大きいほど、大きな感謝を受ける(d)」という感謝のルールに関連して、デクック, P. (DeCooke, P.)は、小学校2年生、3年生、5年生各 40 名を対象にした研究を行っています(DeCooke, 1992 )。この研究では、子どもたちに、ある人から援助受けた場合を想定し、助けてくれた人が後に困っているときに助けてあげなかったときに感じる感情、お返しとして助けることの重要性などについて質問をしました。その際、助けてくれた相手の負担が大きい場合と小さい場合の話を用意し判断が異なるかどうかを調べました。

 その結果、過去に助けてくれた相手の負担が大きいときと小さいときとで助けることの重要性が異なるのは、小学校 5 年生のグループでした。つまり、この時期になると大人の場合と同様に助けてくれた人の負担に応じて負債の感覚が異なるようになることを示唆しています。

   感謝の発達に関する研究はわずかに行われているに過ぎず、仮説の域を脱することはできませんが、これらの研究は、感謝のルールが、主に児童期において習得されることを示唆しています。また、感謝のルールの各項目において必要とされる認知的機能、たとえば因果関係の認識や他者の行為の動機に関する認識は、児童期が終わるまでに獲得ないしは洗練されるという多くの研究結果をみると、感謝のルールが、児童期の終わるまでにかなりの程度習得されると考えてもよいでしょう。

感謝にもとづく反応の変化―応報の感謝から関係の感謝へ  

  これまで、「感謝の文法(感謝図式)」の獲得に焦点を当てました。一方、より広い観点から、願いを叶えてもらったときにどのような反応をするかを調べた一連の研究があります。なお、この場合、願いを叶えてもらったときに、感謝の感情が生じることが想定されています。       

  感謝から導かれる行動のあり方の年齢的な変化を扱った研究として、20 世紀初めにスイスで行われたバウムガルテン―トラマーBaumgarten-Tramer (1938)による先駆的な研究があります。  

 この研究は、80 年近く前のスイスにおける研究であり、現在の日本の子どもたちにそのまま当てはまるとはいえないかもしれませんが、感謝の発達についての示唆を含んでいます。その内容を以下に紹介します。

  この研究では、スイスの 7 歳から 15 歳の子どもたち 1059 名を対象とし、自分がもつ望みを訪ねた後に、もしその望みを叶えてくれた人がいたらその人に何をするかを質問しています。そして、子どもや青年の回答から、以下の4つの感謝のタイプを見出しました。

・「言葉による感謝」verbal  

 感謝を言葉で述べるという回答。7-14 歳まで、30-40%でほぼ一定の比率を占め、年齢的な変化はみられませんでした。

・「具体的な感謝」concrete  

 希望をかなえてくれたお返しに何かをあげるというような応報的な回答です。8歳で 51%の子どもたちがこの種の回答をするが、12 歳から 14 歳の子どもたちでは、この種の回答をするのは、6 %に過ぎませんでした。なお、バウムガルテン―トラマーは、これらの回答は、(相手ではなく)自分にとって価値のあるものを、お返しとしてあげるという相手の観点を考慮しない傾向をもつとしています。

・「関係性の感謝」 combinational  

 恩恵を与えてくれた人との精神的な結びつきが高められたことを表わす。例えば、友情が深まったことを相手に伝えるという回答や、相手にとって必要なものを与えるという回答が含まれます。12 歳の子どもたちの比率が最も高く、60%でした。

・「目的的な感謝」finalistic  

  バウムガルテンートラマーが最後にあげるのが、目的的な感謝と呼ばれる回答です。自分の望みをかなえてくれたときに、その望みの最終目標に向かって努力をするという回答です。例えば、パン作りの職人になりたいと希望している青年が、もしパン屋の職の機会を与えられたとしたら、立派なパン職人になろうと努力するという回答があげられています。ただし、バウムガルテンートラマーは、このタイプの感謝が各年齢でどの程度の比率でみられたかを述べていません。

  バウムガルテンートラマーの研究以降およそ 70 年たってブラジルで行われた 7 歳から 14 歳の子どもたち 430 名を対象とした研究でも、「言葉による感謝」がほぼすべての年齢で同様の比率でみられること、相手との関係の深まりを表現する「関係性の感謝」が年齢とともに増加すること、そして相手に対してお返しをするという「具体的感謝」が減少するという結果が得られています (Freitas, Pieta, & Tudge, 2011)。この結果は、さらにアメリカ合衆国の南東地域における7歳から 14 歳の子どもたちを対象とした研究でも確認されています(Tudge, Freitas, Mokrova, Wang, & O'Brien, 2015)。

まとめ  

 およそ10 歳以前の時期は、一般に、家族との関係とともに、他の子どもたちとの関係が生まれてきます。そのような相互のやり取りのなかで、大人と同様の感謝のあり方が獲得されていきます。

 この時期の感謝心の発達について、以下のように考えることができます。

 児童期の初め、すなわち小学生の低学年の子どもたちの感謝感情や負債感は、恩恵を与えてくれた人の意図や、費やした負担(コスト)が考慮されない傾向があります。この感謝感情のあり方は、「何かをしてもらったら感謝をする」という、紋切り型の感謝感情を想像させます。それはまた、恩恵を与えてくれた相手の観点に立って考えることが不十分であることにもよると考えられます。     

 児童期の後期、すなわち小学校の高学年になるにつれて、恩恵を与えてくれた人の意図のあり方が、その人に感謝をするかどうかの重要な決定因の一つになります。つまり、恩恵を与えた人が、規則や義務、あるいは他者からの命令によるのではなく、自分自身の意思によって恩恵を与えたときに、その人は感謝を受けるに値すると考えるようになります。また、恩恵を与えた人が費やした犠牲(コスト)に応じて、感謝の程度は異なると考えるようになります。言いかえれば、感謝は、恩恵を与えた人の意図と費やしたコストに応じて分化されます。このような感謝のあり方は、高いコストを費やしてでも、自発的に恩恵を与えてくれる人との関係を深めることにつながります。つまり、感謝が分化することによって、関係の強さもまたさらに分化をすることになります。

文献  

  • Baumgarten-Tramer, F. (1938). Gratefulness" in children and young people. The Pedagogical Seminary and Journal of Genetic Psychology, 53(1), 53-66.    

  • Emmons, R. A., & Shelton, C. M. (2002). Gratitude and the science of positive psychology. In C. R. Synder & S. J. Lopez (Eds.), Handbook of positive psychology (pp. 459–471). New York: Oxford University Press.

  • Graham, S. (1988). Children's developing understanding of the motivational role of  affect: An attributional analysis. Cognitive Development, 3(1), 71-88. Greif, E. B., & Gleason, J. B. (1980). Hi, thanks, and goodbye: More routine  information. Language in Society, 9(02), 159-166.

  • DeCooke, P.A. 1992. Children’s understanding as a feature of reciprocal help  exchange between peer. Developmental Psychology, 28, 948-954.

  • Freitas, L. B. D. L., Pieta, M. A. M., & Tudge, J. R. H. (2011). Beyond politeness:The expression of gratitude in children and adolescents. Psicologia: Reflexão e Crítica, 24(4), 757-764.

  • Gleason, J. B., & Weintraub, S. (1976). The acquisition of routines in child language. Language in Society, 5(02), 129-136. 

  • カント、イマニュエル(1797/1969). 吉沢伝三郎・尾田幸雄訳、カント全集第11 巻人倫の形而上学. 理想社(原著は、Die Metaphysik der Sitten, 1797 年出版).  

  • Poelker, K. E., & Gibbons, J. L. (2018). The development of gratitude in Guatemalan children and adolescents. Cross-Cultural Research, 52(1), 4457.https://doi.org/ 10.1177/1069397117736518 

  • Singh, D. (2015). I've never thanked my parents for anything. The Atlantic, Jun 8.http://www.theatlantic.com/international/archive/2015/06/thank-you-cultureindia-america/395069/  

  • スミス・アダム (1759/2003). 水田洋訳、道徳感情論. 岩波書店 (原著は Adam Smith, The theory of moral sentiments first edition、 1759 年出版).

  • Tudge, J. R., Freitas, L. B., & O'Brien, L. T. (2016). The virtue of gratitude: A developmental and cultural approach. Human Development, 58(4-5), 281- 300.  

 

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    2020.内藤俊史・鷲巣奈保子 PDF版

 

青年期 — 心理的自立と感謝の変容 

 以下は次の論文の一部です。文体を変えています。

 

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   青年期における自立と感謝の発達過程を前期、中期、そして後期に分け、以下のようにまとめてみました

・青年期前期―感謝の対象の再考

 青年期前期において、生活世界と社会的な認識の世界は拡大され、親を初めとする他者との関係が、より広い視野の下に問い直されます。それは、青年期における自立の過程の始まりともいえます。

    関係の見直しには、それまで感謝の対象とされていた親や他の大人が、感謝の対象として相応しいのかを問い直すことが含まれます。青年期前期では、既に習得されている感謝の基本的な文法にもとづいて、相手が感謝の対象として相応しいのかが問われます――自分に与えられた恩恵は、利他的な意図の下で、正しい方法によってもたらされたのだろうか等々。

・青年期中期―感謝の対象との関係における自己への反省

 一層広い社会的視点から他との関係が問い直され、それまでの関係が問い直されますが、同時に、自分が、感謝すべき関係にある人物に対して相応の対応をしているのかという点に、一層、目が向けられるようになります。池田(2006)の研究では、この時期は「すまなさ」を感じる自責的な感謝の時期とされています。すなわち、相互的な期待をもつ親子関係において、これまで親から受けてきた恩恵に対して十分に答えていないという感覚が、「母親に対する感謝の自責的な心理状態」を生み出すと考えられます。また、西平(1990)は、若干時期的な相違がありますが、第二次心理的離乳期についての説明において、依存への反省という特徴を指摘しています。

・青年期後期――広い視野にもとづく感謝感情の見直し

   青年期後期では、職業につく等を通じてより広い社会に参入することによって、 様々な面での自立が具体性をもって求められます。それとともに、社会における自己と、家族内での自己との葛藤がより具体的なものとして認識され、何らかの形での統合された自己が形成されます。

   この時期における心理的自立がもたらす感謝感情のあり方として、以下の2 点をあげることができます。

 第一は、一対一の閉じられた関係における感謝感情から、より広い視野の下での感謝感情へという変化です。青年期後期におけるより広い社会への参入と拡大する社会的世界とともに、社会的事象はより複雑な因果関連の下に理解されるようになります。したがって、他者からの恩恵は、その背景にある状況や歴史的状況の因果的関連のなかで理解されます。例えば、親から受けた恩恵には、そのような親の行動を可能にした多くの背景があることを認識し、感謝感情はより広範囲の対象に向けられます。

 この過程は、感謝感情が生み出す関係性と公正性の葛藤を解決する過程の始まりともいえます。すなわち、親という特定―個別的な関係をもつ感謝感情の対象を、より広い社会的な視野からとらえ直し、より広い因果の網の下に、あらためて感謝感情の対象を位置づけます。親への感謝感情を維持しつつも、背景となる他者や社会のあり方は感謝感情の新たな対象となります。例えば、親についての認識も、自分との具体的な関係をもつ者としてだけではなく、広く社会において道徳的な義務や権利をもつ一人の人間としてみることになります。親への感謝は、このような観点からがあらためて問い直されます。

 第二は、心理的自立に含まれる道徳的主体としての自立のもたらす影響です。自立には、様々な領域における自立が考えられますが、道徳的議論における主体としての自立も含まれます。それは、一言でいえば、公的な道徳的議論に参加する一員としての資格を得ることであり、道徳的な問題における決定に加わる資格をもつことを意味します。道徳的議論は、様々な形で実際に行われることもありますが、内面的な思索という形で個人の意識のなかで行われることもあります。そして、公正性の原則等の規則に則って行われ、決定に従う義務、責任、権利がともないます。このような資格が与えられた以上、「若さ故」といった弁明は効力を失います。

    道徳的主体としての自立意識の発生は、感謝感情のあり方にも影響すると考えられます。例えば、親は、単に自分との具体的な関係を担うものとしてではなく、道徳的な義務や権利をもつ一人の人間として理解されるようになります。親への感謝感情は、このような観点、つまり道徳的な観点からあらためて見直されます。

 西平(1990)は、青年が親への感謝感情をもつに至る際、親を、これまで歴史の脈絡のなかで生き、そして現在の状況に生きる者として理解するといいます。親に対する客観的な視点はまた、親を一人の人格としてみなすことを含んでいます。ここでの感謝感情は、恩恵に対するお返しの気持ちや、一層強まった絆を表現したりするもの以上のものであり、相手を人格として認め、場合によっては敬意をその内に含むものを意味します。

 この過程、すなわち、すまないという感情を経て感謝へという過程は、心理療法の一つである内観療法で見出される来談者の心理的変化の過程と同じである。数年間における感情の変化と、1 週間程度の期間における心理療法における変化とを同等に扱うことはできないが、何らかの共通性が示唆される。

文献

  • 池田幸恭(2006).「青年期における母親に対する感謝の心理状態の分析」『教育心理学研究』54巻 487‒497頁.

  • 村瀬孝雄(1996).『自己の臨床心理学 3 内観 理論と文化関連性』誠信書房

  • 西平直喜(1990).『成人になること—生育史心理学から』東京大学出版 

   成人期・高齢期 

  2つのトピックス 

 私たちは、現在、高齢期の方々のもつ感謝について検討を進めています。現在、二つのレポートと論文を作成しました。経過報告として掲載します。

 高齢期における感謝全般について

 

 日本における老年的超越

 (内藤俊史・鷲巣奈保子、2021)

 高齢になると、身体的にも社会的にも、その活動範囲は狭くなります。しかし、高齢になるに従って、人々や世界についての見方に変化が生まれ、平穏で幸福な日々を送るようになる人々もいます。他の人々や世界に対する感謝のあり方は、このような過程にかかわりがありそうです。世話になっている周囲の人々への感謝、先立った人々への感謝は、それらの人々や(それらの人々を通じて)世界全体との関係を深めるのかもしれません。それによって、自分の生の意義を確認することになるかもしれません。                                                                                                                                                                                                                                                  

 このような観点からみて、興味深い研究が、以下に説明する老年的超越についての日本の研究です。

 増井 (2013)によれば、老年的超越(gerotranscendence)とは,高齢期に高まるとされる、「物質主義的で合理的な世界観から,宇宙的,超越的,非合理的な世界観への変化」を指し、スウェーデンのTornstam,L.によって提唱されました。高齢期、特に超高齢期と呼ばれる90歳以上の人々は、物理的な活動範囲が狭められますが、そのような心理的変化によって、幸福感を得るに至るとされます。

 日本における老人的超越に関する研究は、興味深い結果を示しています。

 まず初めに、増井ら(2010)は、Tornstam,L.によるインタビューガイドに基づいて日本の高齢者に面接を行い、その結果にもとづいて質問氏を作成しました。因子分析の結果、『「ありがたさ」「おかげ」の認識』を第一因子とする8つの因子を見出しました。それらは、おおむねTornstamが設けたカテゴリーと一致していました。   ページのTOPへ

 次に、調査協力者の155名の超高齢者(平均88.4歳)のなかから、高次の生活のための機能が低いが心理的well-beingが高い超高齢者を抽出するために、GDS-5,健康度自己評価,PGC総得点,老研活動能力指標合計点を用いてクラスター分析を行い、これらの変数に欠損のない訪問調査参加者(149人)を分類しました。その結果、低機能高WB群は、低機能低WBと比較して、「無為自然」「社会的自己からの脱却」などの得点が高いという結果が得られました。しかし、『「ありがたさ」「おかげ」の認識』については差が認められませんでした。ただし、第一因子の項目の得点は高く、天井効果の可能性がある(後の論文で尺度の限界を自ら指摘している(増井他、2013))。

 注目すべき点は、日本の超高齢者との面接によって得られた次のような内容です。

 Tornstamは、「宇宙的意義の獲得」「自己意識の変化」「社会との関係の変化」という三つのカテゴリを設け、「宇宙的意義の獲得」において、過去、現在、未来の区別の喪失や場所の区別の喪失をあげましたが、日本の場合、それらの回答は得られませんでした。それにかわって、先祖や未来の子孫とのつながりを強く感じるようになるという日本独自の特徴がみられたことを報告しています。

 小野・福岡 (2018)は、これらの研究が示すつながりの感覚の意義に着目し、「つながりの実感」という概念の意義を検討しています。ただし、つながりの実感尺度で、感謝の内容が直接的に含まれるのは23項目の一つです(「神仏に感謝することはありますか」)。高齢者後期(75歳から84歳)では、つながりの実感は、ADL老研式活動能力指標を統制した場合、老年的超越(増井らの改訂版日本老年的超越尺度)と有意な正の偏相関、また、超高齢者(85歳から97歳)では、つながりの実感は、同様にADL老研式活動能力指標を統制した偏相関をみた場合、老年的超越と正の有意な偏相関がみられました。

 

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文献

  • 増井 幸恵・権藤 恭之・河合 千恵子・呉田陽一・高山緑・中川威・高橋龍太郎・藺牟田洋美(2010). 心理的well-beingが高い虚弱超高齢者における老年的超越の特徴--新しく開発した日本版老年的超越質問紙を用いて. 『老年社会科学』,  32(1), 33-47,

  •  増井 幸恵 (2013). 老年的超越研究の動向と課題 . 『老年社会科学』35(3), 365-373,

  • 増井 幸恵・中川 威・権藤 恭之・小川 まどか・石岡 良子・立平 起子・池邉 一典・ 神出 計・新井 康通・高橋 龍太郎 (2013). 日本版老年的超越質問紙改訂版の妥当性および信頼性の検討. 『老年社会科学』35(1), 49-59.

  • 小野 聡子 , 福岡 欣治 (2018). つながりの実感および老年的超越からみた後期高齢者および超高齢者の主観的幸福感. 『川崎医療福祉学会誌』27(2), 313-323.

  • Tornstam L(1989). Gero-transcendence;Ameta-theoretical reformulation of the disengagement theory. Aging:Clinical and Experimental Research,1(1),55-63.

  • トーンスタム,ラーシュ (2017).   冨澤 公子 (翻訳), タカハシ マサミ.『老年的超越―歳を重ねる幸福感の世界―』. 晃洋房.  (Tornstam,L:Gerotranscendence;A Developmental Theory of Positive Aging. Springer Publishing Company, New York, 2005). ​ ページのTOPへ

 

高齢者における家族と先祖への感謝

  (内藤俊史・鷲巣奈保子、2021) 

 高齢になると、これまでの自分の人生を意味づけるという課題をもちます。しかし、他方で、活動の範囲は縮小し、他者との関係も狭く具体的になる傾向があります。このような限界のなかで、自分の人生を長い歴史と広い世界のなかで位置づけるのは容易なことではないはずです。文化は、人々が人生の意義を理解するための世界観-歴史観を、高齢者にふさわしい形で提供しているようにみえます。

 この点について考察した私たちの小論文を掲載します。

 

 原文は英語ですが、日本語訳を掲載します。ただし、引用文献欄は英語表記のままになっています。                                       

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 感謝gratitudeに関する心理学の研究は、この20年間の間に急速に増加しましたが、なかでも感謝とwell-beingの関係は、感謝の研究の一つのトピックスとして多くの研究が行われています。最近行われたmeta analysisによると、感謝特性は、well-beingの様々なaspectsと、有意な正の関連があることを示しています(e.g., Portocarrero, Gonzalez, & Ekema-Agbaw, 2020; Jans-Beken, Jacobs, Janssens, Peeters, Reijnders, Lechner, & Lataster,2020).    感謝は、その理念的な意味において、感謝をする者と感謝をされる者との間に相互的な敬意が存在することを前提としています(Kant, 1991)。そのような感謝のもつ性質を考えれば、感謝は、相互に信頼し敬意をもつ関係のもとで、自分が支えられているという認識の表現でもあります。このように考えれば、感謝とwell-beingの関係についての上記の研究結果は、驚くことではありません。

 しかし、さらに次のような問いが生じます。感謝とwell-beingの関係のあり方は、青年期、成人期など、どの年齢(発達)レベルにおいても同じだろうか? どのような相手に対して、どのようなことに対して感謝をすることが、各発達段階におけるwell-beingに結び付くのであろうか?

 この問いに対して答えるためには、それぞれの年齢段階における感謝とwell-beingの関係の在り方を明らかにする必要があります。この小論文では、高齢者に焦点を当て、高齢者における感謝とwell-beingの関係を、日本における高齢者における感謝に関する研究をもとに考察します。 

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高齢者の特徴

 初めに、高齢者の一般的な特徴として明らかなことは、体力的に自己の活動可能な領域が狭くなること、自分の正の限界(死)を意識すること、自分の生涯の意味を理解しようとすることです。Erikson (1950) は、生涯にわたる心理的発達の8つの段階を提唱しました。第8段階は「誠実対絶望」の段階で、この段階で人々は自分の人生を歴史的文脈の中で評価し、最終的には死を穏やかに受け入れるという課題を引き受けます。

 高齢者のwellbeingをどのように高めるかは、多くの国々の課題となっています。一方、高齢者における感謝の特徴については、次のような知見が得られています。Chopik, Newton, Ryan, Kashdan,and  Jarden (2019)は、感謝特性が、年齢とともに増加することを示唆しています(N=31206、age range15 to 90 years)。彼らは、3つの調査を実施し、その結果、一貫して、高齢者 は、中年と若い大人たちより、より大きな感謝特性を示しました。

   また、感謝特性とwell-beingとの関係については、Portocarrero, Gonzalez, and Ekema-Agbaw, (2020)は、meta analysisによって、高齢者において、感謝特性とwellbeingの関連は、より強いことを示しました。高齢者において、感謝特性が高く、また、well-beingとの関係がより強いとすれば、それはどのような要因によるのでしょうか。一つの可能性は、高齢者以外の人々、すなわち青年や若い成人においては、well-beingに対して、職業の達成などの要因がより多く関与しているからでしょう。そして、高齢者の感謝特性の高さは、自分の幸福の原因を探索する機会の増加と実際に他に起因する幸福が増加するためと考えられます。   ページのTOPへ

高齢者の感謝についての二つの両極的な立場

 高齢者のこれらの性質について、主に二つの心理学的な説明がこれまでなされてきました。それらは、社会情動選択性性理論と老年的超越理論です。

 社会情動的選択性理論は、高齢者が感謝をより多く経験することを、次のように説明します(Chopik et al., 2017; Killen, & Macaskill, 2015)。(a)年齢を重ねるにつれ、人は自分の寿命が限られていることを意識します。(b)この意識により、人は個人的にポジティブで意味のある出来事を選択性し、ポジティブな価値を持つ刺激により多くの注意を払い、記憶するようになります。(c)(b)を確保するための一つの方法は、親しい重要な他者との社会的交流に専念し、親密で健康的な関係を維持する努力をすることです。(d)感謝の気持ちは、こうした親密でポジティブな他者との関係を促進します。 

 二つ目の説明は、Tornstam (2011) によって提案された 老年的超越理論に基づくものです。この理論は、ユングの理論、禅仏教とともに、高齢者の質的データに基づいています。この理論によると、(a)高齢化の過程で、人々は物質主義的・合理主義的な視点から、より宇宙的・超越的な人生観へと移行します。(b)人々は過去の世代への親近感を高め、表面的な社会的交流への関心を低下させます。 (c)社会情動的選択性理論とは対照的に、この理論では、人々はしばしば宇宙と密接な共感関係を感じ、この文脈で生と死を再定義することを提案します。そして、(d)すべてを包み込む宇宙への感謝の気持ちを持つようになると考えます。

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 これら二つの理論が描くgratitudeの姿は対照的です。そして、感謝の対象について、具体的-抽象的という次元を示しています。すなわち、今現在の身近な人々への志向性対、宇宙論的な時間―空間への志向性です。また、次のような論点を示唆しています。すなわち、老年的超越理論の描く感謝のあり方は、Eriksonの自我発達段階における老年期の発達課題を解決するあり方として、解釈することができます。しかし、社会情動的選択性理論の描く感謝のあり方については、次のような問いが生まれます。すなわち、社会情動的選択性理論によって描かれるような感謝のあり方をもつ高齢者は、どのようにして、歴史的脈絡において自分の生を価値づけるという発達課題を達成できるのでしょうか。

   この点について、高齢者についての日本の研究結果は、示唆的です。   ページのTOPへ

老年的超越性に関する日本における研究

 日本における老人的超越に関する研究は、身近な者への限定的な感謝が、広い世界における自己の生涯のもつ意義の発見、そしてwellbeingへのつながりについて、新たなあり方を提案する可能性があります。

 Masui, Nakagawa,Gondo,Ogawa,Ishioka,and Tatsuhira (2010)は、Tornstamによる老人的超越gerotranscendenceの概念を、日本において適用することを試みました。すなわち、Tornstamによるインタビューガイド( Tornstam, 1997)を用いて、日本人のeldersを対象にして、 インタビュを行ないです、その結果をもとに、日本版の老年的超越gerotranscendenceの質問紙尺度を作成した。その結果、Masui et al.は、Tornstamによるframeworkは、基本的には日本の高齢者の反応にも当てはまるが、あてはまらない点も見出しました。すなわち、日本の高齢者は、インタビューにおいて、宇宙的な視野をもつのではなく、現実の家族、死んだ夫や妻、先祖とのつながりに言及しました。さらに、Ono & Fukuoka (2018)は、高齢者におけるつながりの意識についてインタビューを行っていますが、「夫が死んでから,お仏壇を拝むようになりました. 普段思い出すことは少ないけれど,ときどき夢にでてきます」「両親については最近あまり考えないけどお墓参りには月に1回くらい行きます」などの発言が得られた。加えて、Ono & Fukuokaは、このようなつながりの意識がwell-beingと関連することを、質問紙調査によって、見出しています。    ページのTOPへ

 これらの回答は、一見、社会情動的選択性理論の描く高齢者の感謝と同じです。しかし、日本の伝統的な死生観を考慮したときに、また別の様相が浮かんできました。これらの日本における高齢者の回答を理解するためには、日本の伝統的な宗教的信念を知ることは、有用と思われます。それは、日本社会における先祖崇拝です。 先祖崇拝とは、「祖先として認識されている死者の超人的な力に対する信仰と、それに基づく儀式の総体」(森岡、1984)を指します。 

 日本における先祖崇拝の一般的な特徴は以下です。

·       人は死後、短期間の儀式の後、原則として親族の墓に葬られ、霊となります。

·       霊は、現在生存している直系の子孫を中心とした親族によって供養されます。また、霊は、生存している子孫を見守ます。

·       霊は、年に何回か、数日間にわたって、家に迎えられて、現在生きている親族とともに過ごすとされる期間があります(盆など)。

·       霊は、最終的には、山や海などに移り、個別性のない先祖の神となり、生きているものを見守ます。

 祖先崇拝とそれに基づく儀式(盆Bonなど)は、死後の世界と現世の関係のイメージを、日本人に提供してきました(現在でも、盆の期間には、多くの日本人が、先祖の墓や実家に訪れます)。そして、前に引用した日本の高齢者による、先祖や、先に死んだ者たちとの親しみと感謝は、先祖崇拝の背後にある世界観、歴史観を背景にしています。一言でいえば、具体的で身近な親族との絆を確認し、そして彼らへの感謝を感じることは、背後にある先祖や自然への感謝でもあるのです。   ページのTOPへ

 ただし、ここで述べておかなければならないことは、最近の日本における先祖崇拝の変化です。祖先崇拝は、日本の伝統的な家制度と密接に結びついてきました。そして、長男が家を次ぎ、先祖崇拝の儀式をうけもつという制度を前提としています。しかし、第二次大戦以降、人々の自由な移動、子供の減少など、祖先崇拝の慣習の維持管理が難しくなりつつあります(Matsumoto,1997; Morioka, 1984). 儀式の存続にもとづく家制度、さらに家制度にもとづく先祖を中心とした世界観をもつことの困難が生じています。

 

おわりに

 私たちは、高齢者のwell-beingを高める可能な要因の一つとして、感謝に焦点を当てました。また、高齢者の感謝を説明する二つの理論として、社会情動選択性性理論と老年的超越理論をあげました。前者は、身近な対人関係に焦点を限定する傾向を示唆しますが、このような対人的傾向が、どのように自分自身の生涯の意義を見出すことができるのかはあきらかではありません。日本の高齢者の一部の反応は、この問いに対して、示唆的です。それは、先祖崇拝という文化的な背景にもとづく反応です。日本の高齢者の多くは、身近である他との密接な関係を述べ、ときに感謝を述べましたが、そのうちの一部は、親族や先祖との関係やそれらに対する感謝に言及しました。身近な者への感謝は、長く続く家という制度における自分自身の位置づけを提供します。このように、高齢者にみられる狭い物理的心理的世界において、文化的な信念は、ときとして、拡大された世界を目の前に提示します。それは、自分の生涯のもつ意義を感じる一つの在り方と考えられます。そして、現在の問題は、高齢者が新たな歴史-世界観をもつために、どのような援助が可能かということです。 

文献   ページのTOPへ

日本語の論文が英語表記のままになっています。  

  • Chopik, W. J., Newton, N. J., Ryan, L. H., Kashdan, T. B., & Jarden, A. J. (2019). Gratitude across the life span: Age differences and links to subjective well-being. The journal of Positive Psychology, 14(3), 292-302.https://doi.org/10.1080/17439760.2017.1414296

  • Erikson, E. H. (1950). Childhood and society. NY: Norton.

  • Kant, I. (1991). The metaphysics of morals (Die Metaphysik der Sitten) trans. M. J. Gregor, Cambridge: Cambridge University Press (Original work published 1797)

  • Killen, A. and Macaskill,A. (2015). Using a gratitude intervention to enhance wellbeing in older adults. Journal of Happiness Studies, 16 (4), 947-964.  https://doi.org/10.1007/s10902-014-9542-3

  • Jans-Beken, L., Jacobs, N., Janssens, M., Peeters, S., Reijnders, J., Lechner, L., & Lataster, J. (2019). Gratitude and health: An updated review. The Journal of Positive Psychology, 14(1), 1-40. https://doi.org/10.1080/17439760.2019.1651888

  • Kavedzija, I. (2020). An attitude of gratitude: older Japanese in the hopeful present. Anthropology & Aging, 41(2), 59-71. https://doi.org/10.5195/aa.2020.244

  • Matsumoto, Y.(1997). Daitoshi ni okeru senzosuhai to ieidou [Ancestor worship and movement of persons from their native lands in large cities], Religion and Society, 3, 137-158.

  • Masui, Y., Gondo, Y., Kawaai, C., Kureta, Y., Takayama, M., Nakagawa, T., Takahashi, R., and Imuta, H. (2010). The characteristics of gerotranscendence in frail oldest-old individuals who maintain a high level of psychological well-being. Japanese Journal of Gerontology,32(1), 33-47.

  • Masui, Y., Nakagawa, T.,Gondo,Y.,Ogawa, M.,Ishioka, Y.,Tatsuhira,Y.,....Takahashi, R. (2013). Nihonban Rounentekichouetsu shitumonshi kaiteiban no datousei oyobi shinraisei no kentou [Validity and reliability of Japanese Gerotranscendence Scale Revised (JGS-R)]. Japanese Journal of Gerontology, 35(1), 49-59.

  • Morioka, K. (1984). Ancestor worship in contemporary Japan: Continuity and change in religion and family in east Asia. Senri Ethnological Studies Osaka, (11), 201-213.

  • Naito, T. and Washizu, N. (2019). Gratitude in life-span development: An overview of comparative studies between different age groups. The Journal of Behavioral Science, 14(2), 80-93. https://so06.tci-thaijo.org/index.php/IJBS/article/view/174664

  • Ono,S. & Fukuoka, Y. (2018).Tsunagari no jikkan oyobi rounentekichouetsu karamita koukpkoureisya oyobi choukoureisha no shukantekikouhukukan [Subjective well-being in the old-old and the oldest-old from the perspective of the feeling of connectedness and gerotranscendence]. Kawasaki medical welfare journal 27(2), 313-323, doi/10.15112/00014434

  • Portocarrero, F. F., Gonzalez, K., & Ekema-Agbaw, M. (2020). A meta-analytic review of the relationship between dispositional gratitude and well-being. Personality and Individual Differences, 164, 110101.https://doi.org/10.1016/j.paid.2020.110101    ページのTOPへ

 

日本語以外のバージョンは、機械翻訳による試作です。