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感謝の力 (最終更新日 2022.8.17)

 感謝の気持ちをもったとき、心に変化が生まれています。一方、感謝をされたときにも、自信が湧いたり、何よりも心が暖まります。感謝は、する側にも、される側にも何かをもたらします。このセクションでは、主に感謝をする側の心に焦点を当てます。

 
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道徳的な力としての感謝―感謝のもつ力の一面

  感謝の心は、ただ感じるだけの受け身の心ではなく、積極的に、様々な行動を生み出す感情です。その意味で、感謝は力をもちます。そして、それは、自分や他者の幸福に向けて働く力であり、よりよく生きるための力です。 

 「よりよく生きるための力」には、道徳的に正しく生きようという力が含まれます。それは、「道徳的な力」といってもよいでしょう。ここでは、感謝の心が「道徳的な力」を含んでいることを説明します。

 アメリカ合衆国の心理学者、マッカラ(McCullough, M.E.) らは、感謝が、人から助けられる等の道徳的な事柄によって生まれること、そして生じた感謝の心は、他の人々を助ける等の道徳的な行為を生み出すことから、「道徳的感情」と呼ぶに値すると主張しています(McCullough, et al.,2001)。感謝は、道徳的な力をもつ感情であるといってもよいでしょう。

 次に、マッカラらの主張にもとづいて、「感謝の道徳的な力」をあげます。

 a .感謝の心は、道徳的な行動を生じさせること 

 感謝の心は、恩恵を与えてくれた人に対して恩返しの行動を生み出します。それも道徳的行動の一つです。しかし、それだけにとどまりません。感謝の心をもつと、恩恵を与えてくれた相手だけではなく、その他の人々の幸福を目的とした行動への意欲が高まります。  

 b. 感謝は関係を道徳的な関係に変えること

   マッカラらは、感謝は、「道徳的バロメーターmoral barometer」であるといいます。他の人に助けられたとき、単に「うまくいってよかった」「助かった」という感情だけではなく、感謝の気持ちをもったとき、お互いの関係は一変します。そこには、損得の関係とは別のいわば「人と人との関係」「道徳的な関係」が芽生えています。

 私たちの言葉でいえば、感謝は、関係を道徳的な関係に変える力をもちます。

 
 
感謝の力を示す研究
 

 これまで、道徳的な力に焦点を当ててきましたが、道徳的な力に限らず、「感謝のもつ力」全般について、次のような研究が行われています。

 

相関研究

   一つは、相関研究といわれるものであり、感謝を感じる傾向と、人格特性、well-bein(注1) などの測度との相関関係を調べる研究です。アメリカ合衆国の大学生を対象とした先駆的な研究では、感謝傾向尺度(GQ-6)は、生活満足度(.53)、主観的幸福感(.50)、バイタリティ(.46)、楽観性(.51)と正の相関をもち、不安(-.20)、抑鬱傾向(-.30)と負の相関を持つことが見いだされています(McCullough, Emmons,& Tsang,2002)。

 その後多数の研究が行われています。Portocarrero, Gonzalez, & Ekema-Agbaw (2020)は、感謝傾向dispositiona gratitudeとwell-beingとの関係を扱った、英語、スペイン語、ポルトガル語による144の論文における結果に対してメタ分析を行い、Positive wellbeing (幸福感、生活満足等)と正の相関、negative well-being(不安傾向、抑うつ等)と負の相関があることを結論づけています。また、感謝傾向が向社会性(利他性、分かち合い等の傾向)と正の関連をもつことも、メタ分析によって明らかになっています(Ma, Tunney, & Ferguson, 2017)。

 なお、相関研究は、二つの変数のどちらが原因であるのかを明らかにする訳ではありません。これらの結果も、感謝が原因とも考えられますが、結果として感謝心が高まるという解釈も可能です。さらには相互に影響しあった結果である可能性も十分に考えられます。

感謝を経験することの効果の研究

 もう一つは、感謝の気持ちをもつという実験的な手続きによって、well-beingなどが変化をするかを調べる研究です。なかでも、「感謝を数える方法」はよく用いられています。研究参加者に、例えば一週間に一度、その週で感謝することをあげてもらうという実験手続きを用います。先駆的な研究が、Emmons & McCullough(2003)によって行われています。結果は、概ね、感謝という経験がwell-beingのさまざまな面に対してプラスの効果をもつというものでした。

 その後の研究に影響を与えた研究ですので、手短に研究の概略を説明します。彼らの論文には3つの研究が報告されていますが、研究1では,一週間のうちで感謝したことを 5つ以内記録する感謝条件、厄介な出来事を5つ記録する煩雑条件、影響力のあった出来事を 5つ記録する出来事条件を設定し、実験参加者は、いずれかの条件に振り分けられました。各々の条件にしたがって、10週間の間、参加者は毎週1度、記録した回答用紙の提出が求められました。

 それぞれの条件の効果を調べるために、以下の項目が実験の事前と事後に調べられました―「気分」、「体調」、「運動時間(激しい運動と適度な運動)」、「包括的なWell-beingの評価(現在の生活全般の質と未来の生活全般への期待,他者との関係)」,「サポートに対する反応」、「カフェインを飲んだ量」、「アルコールを飲んだ量」、「アスピリン錠や痛み止めを飲んだ量」、「前日の夜の睡眠時間と質」、「向社会的行動(道具的サポートと情緒的サポート)」。結果を要約すれば、感謝条件において、Well-beingに関わる得点が高いという結果が得られました 。

 これらの研究以降、同様の研究が数多く行われています。そして、それらの研究結果を総合して結論を導くメタ分析もいくつか行われるようになりました。しかし、それらの分析結果は、必ずしもこの方法の大きな効果を示してはいません。例えば、Cregg & Cheavens (2021)は、不安傾向や抑うつ傾向に対して、感謝を記録することがどの程度の効果をもつのかを、これまでの研究結果にもとづくメタ分析により検討しています。その結果、感謝することを書きとどめるという方法の効果は控えめmodestであり、不安傾向や抑うつという症状に対しては、より効果の大きい他の技法を採用することを推薦すると結論づけています。

 この分析結果は、「感謝が力となる」(well-beingを高める)ためには、いくつかの条件や手続きが必要であることを示唆しています。例えば、文化的な脈絡も影響しているかもしれません。アメリカ合衆国において、肯定的な結果を報告するいくつかの研究がある一方で、日本と韓国では効果がみられないという研究もあります(例えば、相川・矢田・吉野、2013; Lee,  Choi,  &,  Lyubomirsky, 2013)。

  いくつかの解釈が考えられますが、私たちは、次のように考えています―ある文化的環境、例えば日本や韓国では、感謝は、同時に心理的負債感やすまないというネガティブな感情を伴いやすい。したがって、感謝の経験から短期間においては、主観的な幸福感のような感情の変化は生じにくい。変化が生じるためには、感謝の経験によって、他者や社会について改めて考え直されることが必要であり、その結果として、より洗練されたwell-beingの状態に達することが考えられる。そのためにはある程度の期間と条件が必要と考えられる。

 「感謝の経験のもつ効果の研究」は、むしろ、感謝が力をもつためには、何らかの条件や手続きが必要であることを示唆しています。 

感謝はどのようにして力になるのか―Well-beingの場合

   感謝は、道徳的な力であるだけでなく、広く自分や他者の幸福に向かって働く力です。なかでも、感謝の心、つまり感謝をする特性(傾向)がwell-beingを高めるという仮説は、多くの研究によって検討され、支持されつつあります。

 それでは、感謝の気持ちをもつことは、どのようなメカニズムで、well-beingに影響するのでしょうか。現在のところ、唯一の有力な説といったものはなさそうです。むしろ、感謝の心がwell-beingに影響を与える道筋は、一つとは限らないと思います。

 そこで、提案されているいくつかの仮説を紹介したいと思います。Wood, Froh, & Geraghty (2010)は、およそ2010年までに提起された、感謝心とWell-beingとの関係に関する4つの仮説をとりあげています。

・感謝のスキーマが感謝を高め、well-beingを導く 

    第1は、スキーマ理論による仮説です。感謝心の強い人は、他者から助けてもらったとき、その行為を、自分にとって価値があること、利他的な動機でなされたこと、そして、大きなコストをかけて行われたと解釈する傾向があります。別の言葉でいえば、そのような解釈を行う図式、枠組み(スキーマ)をもっています。このような傾向の結果、感謝心の強い人は、感謝行動が多く、また相手への利他的な行動も増加します。そして、相手からの援助行動を受ける機会も増加します。

・感謝の心をもつ人はストレス状況で社会的資源を有効に用い、その結果well-beingを高める

    第2は、コーピング仮説です。コーピングとは、ストレス状況における対処、対応を意味する言葉です。感謝の気持ちをもちやすい人は、適切なコーピング、つまり、問題が起こったときに、家族や友人を初めとする「社会的な資源」を積極的に活かして、問題に取り組む傾向があるという研究結果があります。感謝の気持ちを持つ人は、適切に人や社会に頼ることができるということも含まれます。逆に、例えば薬物使用のような回避的行動をとる傾向が低いとされます。 

・ 感謝の気持ちに含まれるポジティブな感情が、well-being をもたらす                       

   第3は、ポジティブ感情仮説です。一般的なポジティブ感情や気分は、不適応状態に対して効果があるとされています。感謝も、ポジティブ感情を含みます。感謝の心のもつwell-beingへの効果は、この一般的なポジティブ感情のwell-beingへの効果であるという仮説です。   

 ・感謝は、ポジティブ感情をもたらすが、ポジティブ感情は、思考と行動をより広いものにし、その結果well-beingを高める

  第4は、拡張・形成仮説と呼ばれています。これは、Fredrickson (2001)により提唱された一般的理論であり、「ポジティブな感情は、思考や行動のレパートリーを一時的に拡張する傾向があり、その結果個人のもつ資源が培われることになる」とされます。これを感謝の心に当てはめると、感謝の心は、感謝の経験を生じさせますが、感謝にともなう安らかな感情の状態は、広くものごとを考えさせるようになり、その結果個人の能力を高めるという仮説です。

   以上がWoodらがとりあげた4つの仮説です。その他にも、Algoe(2012)による感謝の“find-remind-and-bind”理論があります。感謝は,将来的に質の高い人間関係を築いていくことのできるパートナーを発見すること(find)や,現在自分とそのような関係にあるパートナーを再認識すること(remind)を促し,他者との絆を強くする(bind)ことに寄与する機能をもち,そのような機能を通じて人間関係の形成・保持・発展を促進するというものです。

 

  これらの仮説が必ずしも相互に矛盾するという訳ではなく、両立する場合も考えられます。また、感謝という経験が力になる道筋は、一つだけとは限りません。

 これらの仮説を眺めていると、感謝とWell-beingの関係について図1のような全体像が浮かんできます。簡単に、図1の説明をします。

a.まず、Well-beingに直接影響するとともに感謝心を高める要因のグループがあります。例えば、他の人々や自分自身の心のあり方、さらにはそれらの間の関係に対する感受性をあげることができます。それらは、直接的にWell-beingに関連すると考えられますが、同時に感謝の傾向を高めます。

b. 感謝は、結果として、対人関係を質量ともにより豊かなものにし、また、集団や社会における相互的な援助の質を高めます。例えば、さまざまなストレス状況に対して適切な対処法(coping)が用いられ、その結果、各自のwell-beingが高められます

c. 感謝という感情を経験すること自体も、他のポジティブな心理特性と結びつき、well-beingを高めることがあります。 

​ 感謝は、様々な形でwell-beingを高めますが、それぞれの過程について明らかになることが期待されます。

 このセクションの最後に、well-beingについて一言述べたいと思います。

 well-beingの具体的内容を決めることはなかなか難しいと思います。しかも、時代を超えたwell-beingとなるとなおさらです。well-beingとは何かという問いは、永遠に続く問いではないでしょうか。それは、「幸福」や「理想」の内容が時代とともに常に問い直されていくのと同じです。その結果、感謝の意義もまた問い続けられることになります

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文献

  • 相川充・矢田さゆり・吉野優香 (2013). 感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験.東京学芸大学紀要 総合教育科学系1,64,125-138.

  • Algoe, S. B. (2012). Find, remind, and bind: The functions of gratitude in everyday relationships.Social and Personality Psychology Compass, 6(6), 455-469.

  • Cregg, D. R., & Cheavens, J. S. (2021). Gratitude interventions: Effective self-help? A meta-analysis of the impact on symptoms of depression and anxiety. Journal of Happiness Studies, 22(1), 413-445.

  • Emmons, R. A., & McCullough M. E (2003). Counting blessings versus burdens: An experimental investigation of gratitude

  • and subjective well-being in daily life. Journal of Personality and Social Psychology, 84, 377-389.

  • Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions. American psychologist, 56(3), 218-226.

  • Froh, J.J. et al. (2014). Nice thinking! An educational intervention that teaches children to think gratefully. School Psychology Review 43(2), 132-152.

  • Lee,  L,  K.,  Choi,  H.  I.,  &,  Lyubomirsky,  S.  (2013).  Culture  matters  when  designing  a successful happiness-increasing activity. Journal of Cross-Cultural Psychology, 44(8),1294-1303.

  • Ma, L. K., Tunney, R. J., & Ferguson, E.(2017). Does gratitude enhance prosociality?: A meta-analytic review”. Psychological Bulletin, 143(6), 601-635.

  • McCullough, M. E., Emmons, R.A., & Tsang, J (2002).The grateful disposition:A conceptual and empirical topography.Journal of Personality and Social Psychology, 82,112–127.

  • Portocarrero, F. F., Gonzalez, K., & Ekema-Agbaw, M. (2020). A meta-analytic review of the relationship between dispositional gratitude and well-being. Personality and Individual Differences, 164, 110101.

  • Wood, A. M., Froh, J. J., & Geraghty, A. W. (2010). Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychology Review, 30(7), 890-905.

注1

Well -being は、1946年のWHO憲章において述べられている新たな健康概念とされています。単に、病気ではないということではなく、広く身体的な面、精神的な面、社会的な面において良好であること、それらを達成し維持する実践が含まれます。訳すのは難しく、「幸福感」などと訳されることもありましたが、最近は、「Well-being」や「ウェルビーイング」と記される場合が多く見受けられます。また、その内容をめぐって議論がなされています。例えば、Riff(1989)は、主観的Well-being、主観的幸福感に対して、心理的Well-beingという概念を提案しました。また、Seligman, M (2012)は、P(Positive emotion/ポジティブな感情)、E(Engagement/物事への積極的な関わり)、R(Relationship/他者とのよい関係)、 M(Meaning/人生の意義の自覚)、A  (Accomplishment/達成感)、すなわちPERMA を提案しています。心理学の研究では、Well-beingの基本的な概念の下に尺度を選択して用いたり、Well-beingのいくつかの尺度が用いられています。

 (そもそも、この概念は人間の望ましいあり方に関わるものであり、最終的には各人の価値観に基づく選択によるものであり、また社会的には、相互の合意を求めつつ状況とともに変わっていくものではないかと思います)。

文献 

Ryff, C.D. 1989 Happiness is everything, or is it? Explorations on the meaning of psychological well-being. Journal of Personality and Social Psychology, 57, 1069-1081.

Seligman, M. E. (2012). Flourish: A visionary new understanding of happiness and well-being. Simon and Schuster.

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図1. 感謝、well-being、その他の要因の概略

​  Hypothetical relations between gratitude,

         well-being, and other variables

 
 

参考 感謝の力

北京オリンピックにおける日本と米国のカーリングの試合で、ショットを放つ藤沢選手の手には漢字で「感謝」という文字が書かれていました。リンク先は、2/16 日刊スポーツ、21:10配信、撮影・菅敏 (2022.3.8アクセス)

 
 

日本語以外のバージョンは、機械翻訳による試作です。