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宗教における感謝

               —神道と仏教

     

     (内藤俊史・鷲巣奈保子、2022.10.13)

 

はじめに

 

   世界には、数多くの宗教が存在し、多くの人々がそれらを信じています。そして、感謝の心は、それらの宗教において重要な位置を占めてきました。このセクションでは、日本における宗教として、神道と仏教をとりあげます。多くの日本人の心や行動は、これら二つの宗教の影響をともに受けていると考えられています。宗教の教理は、必ずしも、そのまま私たちの感謝心のあり方を示すとはいえませんが、私たちの感謝心に影響を与えたり、逆に私たちの感謝心を反映するものとして、私たちの感謝心のあり方を探求するときの、枠組みを提供します。

   なお、ここでは、宗派による差異には立ち入らず、それぞれの宗教の一般的な特徴を考えたいと思います。 

   このセクションの内容は、次の論文の一部を加筆修正したものです。  

  内藤俊史(2012) 修養と道徳――感謝心の修養と道徳教育.『人間形成と修養に関する総合的研究 野間教育研究所紀要』、51 集、529-577.

 神道における感謝――自然、神、先祖への感謝    

 「国家神道」「教派神道」「神社神道」などの言葉があるように、神道にはさまざまな立場が含まれています。ここでは、 各地域にある神社において行われる祭祀とその背景とされる伝統的な思想という意味での神道、つまり神社神道をとりあげます。       

  日本の民族的宗教とされる神道は、明確な教典をもたないとされ、伝統的な儀式や生活様式のなかに、その世界観が組み込まれているともいわれます。多くの人々にとって、神社はなじみがあると思います。神社は全国津々浦々にあり、多くの人々は、七五三などの年齢儀礼や、毎年行われる祭の際に、神社に訪れたことがあると思います。多くの日本人は、そのような儀式や慣習のなかで、神道を実践しているともいえます。

  神道において、感謝はどのような意義をもつのでしょうか。以下に神道における感謝の特徴として四点をあげます。

・神-自然に対する感謝

 初めに神道における感謝の特徴としてあげるのは、神-自然に対する感謝に焦点が当てられていることです。神道においては、自然、動物、卓越した人物の霊など、人の力の及ばない力をもち畏怖や尊敬の対象とされるものは、広く神として扱われてきました。自然は神々による織りなすドラマとして考えられる神道においては、農産物などの自然の恵みは、同時に神々による恵みでもあります。したがって、農産物の収穫に当たって、多くの地域で神への感謝を表すための秋祭り(収穫祭)が行われています。

 『敬神生活の綱領』は、多くの神社が参加する神社本庁によって、1956年、古来の伝統にもとづいて実践すべき規範として制定されました。そのなかで、「神の恵みと祖先の恩とに感謝すること」が述べられています。

  • 神の恵みと祖先の恩とに感謝し、明き清き誠をもって祭祀にいそしむこと。

  • 世のため人のために奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと。

  • 大御心をいただきてむつび和らぎ、国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること。        

   (井澤、1995, p. 138)

  「神の恵み」は、同時に自然の恵みを意味します。なぜなら、神道において、自然はさまざまな神々が宿るものであり、また神の織り成すドラマが自然の姿であるからです。このように、「自然への感謝」は、神道における感謝の特徴として第一にあげるべきことでしょう。

   神社においては、山、海、岩石などの自然物をご神体として拝むことはよく見うけられます。神社は、山や岩、巨木というご神体がありそれを拝むという形式や、降臨する神を受け入れるという形式から、神が常にその場に鎮座する神社という形態へと変っていったとされます。古代の形態を残す神社としてよく知られているのは、大物主神(おおものぬしのかみ)を奉る奈良県櫻井市の三輪神社です。三輪山がご神体とされ、そのため御神体としての三輪山を拝殿から拝むという形をとります。

 ・ 亡くなった家族や先祖への感謝

 人が神になることに関しては、神道のなかでも諸説あるようです(特別のことがあって初めて神になるという考えや、長い間の供養によって神になるという考えなど)。死後についての一つの考えとして、人は死とともに、穢れをもつ霊となり、その後長い年月の後、穢れが消えるとともに、氏神、山の神、海の神等の神として人々を見守るようになるという考えがあります(柳田、1975)。この考えは、先祖への感謝(先祖崇拝)を導きます。なお、特に高齢者の方々に時々みられる、先祖や亡くなった家族への感謝は、well-beingと関連をもつと考えられます(このHPの「年齢とともに変わる感謝」のページ、またはNaito &, Washizu, 2021参照)。

・感謝することによる結果を強調する傾向  

 第三は、恩恵を受けたことに対する感謝よりも、むしろ感謝することによる結果を強調する傾向があることです。葉室(2000)は、神道の立場から感謝の意義について、以下のような逆説的な表現をしています。 

 「幸福が与えられたから感謝するのではなく、感謝するからこそ幸福が与えられるのです」(葉室、2000、p.19)。 

 葉室(2000)によると、神に対して「ありがとう」という言葉を発することによって、神とあい通じることが可能になり、神の恩恵を受けることになるといいます。

 葉室の説明では、感謝は、恩恵を与えてくれた人に対する補償的な行為として、相互のやり取りを完結させるものではありません。感謝は、他者から与えられた恩恵に対してもつべき感情や行動である以上に、何らかの働き、力をもつものとしてとらえられています。これは、後に述べる幸福-目的志向の感謝の捉え方の中核となる考えと一致します。

・儀式における感謝の表明  

 第四は、自然等に対する感謝は、多くの場合、集団で行う祭などの儀式や慣習のなかで表明されることです。その年の収穫について神に感謝をする儀式は、多くの神社で行われています(伊勢神宮における新嘗祭や、各地の神社で開かれる神々への感謝の祭)。先に述べたように、神道には教典に該当するものがありません。神道は、他の宗教と同様に多くの儀式を含んでいますが、儀式を通じてある種の「教え」が人々に伝えられてきたと考えられます。

 それでは、祭事は、人々の心に、どのような形で、どのような影響を与えているのでしょうか。また人々の自然に対する感じ方や行動にどのような影響を与えているのでしょうか。これらの問いは、神道のもつ影響を考える際の重要な問いです。

 なお、神道における自然への感謝を示す儀式として、神嘗祭(かんなめさい)があります。次のリンク先は、伊勢神宮作成による伊勢神宮で行われる神嘗祭の動画です。

伊勢神宮における神嘗祭(2021/01/11にアクセス)

    注意 音声が出ます。

日本の仏教における感謝―恩の思想

 仏教は、インドを発祥の地として、中国などを経由して6世紀に日本に伝わったといわれます。以降、仏教は、日本の文化において変化をしつつ、長期にわたって日本人の心に大きな影響を与えてきました。

 仏教学の分野では、「感謝」よりも「恩」という概念に焦点が当てられてきたようです注1 以下に、仏教において「恩」という概念がどのようなものとしてとらえられてきたのか、そして、恩の意識の成熟したあり方としてどのような姿が描かれてきたのかを探りたいと思います。        

    

恩の側面1-恩を知ること(知恩) 

  恩の側面の一つは、恩を知るという側面です。「恩知らず」という言葉が強い非難の意味をもつことからもわかるように、受けた恩に気づかないことは、社会の中では人間としてあるまじきこと、道徳に反することとみなされてきました。

​ 恩を知ることは、仏教の根幹となる教えと密接な関係をもっています。仏教における基本的な原理として、縁起説があります。それは、世界のあらゆるものが相互依存の関係のなかで成り立っているという考えであり、人々はこの事実に目覚めなければならないとされます。この考えは、「他による恩を知ること」を含むと考えられます。

恩の側面2-恩に報いること(報恩) 

  受けた恩恵に対して報いるという意味での報恩は、「鶴の恩返し」などの説話のテーマとしてしばしば用いられてきました。現在の日本の社会においても、「恩に報いるべきである」という規範は、多くの人々にとって身近に存在する規範といえるでしょう。 

 しかし、仏教学者の壬生(1975)によれば、インド初期仏教の考えが述べられている原始経典には、恩を知るという意味の知恩に該当する語は見うけられるものの、報恩に該当する語は見出せないといいます。報恩に該当する語は、その後成立した大乗仏教において強調されるようになったといいます。また、大乗仏教の伝わった中国において、当時の社会的規範、つまり皇帝-従者の関係規範や家族内の関係規範が結びつくことによって、報恩という考えは確かなものになったとされます(壬生、1975: 中村、1979)。そして、この報恩という考えは、仏教とともに朝鮮を通じて日本に伝わったとされます。

 

恩の内容

  それでは、縁起説という基本的な原理の下で、どのような恩が人々にとって大切なのでしょうか。仏教には、「四恩」という言葉があります。それは、恩の対象を示すものです。経典により相違がありますが、『心地観経』では、父母、国王、衆生(一般の人々)、三宝(仏、法、僧 )の四つを意味します。

 しかし、四つの恩をめぐって、様々な問いが考えられます―それぞれの恩の中でどれがより大切なのか、それらは互いにどのような関係をもつのか(基本となる恩はあるのか)等々。例えば、空海は、次のような立場を示唆しています。 

「排虚沈地。流水遊林。摠是我四恩」(すべて生命あるものは、私の四恩である)  (渡邊照宏・宮坂宥勝校閲、1965、pp.381-382)。

 実際、現在の仏教学においても、それらの問題を含めて恩に関する諸問題について考察がなされています(例えば、空海の四恩の考えについて、福崎、2003; 松長 ,1995など)。

  

感謝のレベル

 仏教は、他からの恩恵を受けていることを、より広く、より深く理解しなければならないことを人々に説いてきました。

 それでは、仏教では、個人における恩の意識や感謝心は、どのように成長していくと考えられているのでしょうか。この問いに答えるためには、悟りに至る過程についての多くの文献を探索する必要がありそうです。ここでは、町田(2009)による示唆的な解説を紹介することにします。

  町田(2009)は、仏教の立場から、感謝の水準について述べています。最初の水準の感謝は、儀礼としての感謝であって、相手から受けた恩恵に対してありがたいという感情をもつことです。それを超える高度な感謝は、どのような相手、例えば敵に対しても感謝をすること、さらには「生きていること自体」への感謝であるとします。そして、最終的には、災難に対してさえも感謝をすることができるという境地をあげています。感謝の心の発達を考える上で示唆的です

  注意 音声が出ます。

 仏教の曹洞宗の開祖道元による『修証義』(2022/3/27アクセス)

  曹洞宗東海管区教化センターによる第五章行持報恩のお経です。音声でお経も味わえます。仏陀が私たちに真理を伝えたことに感謝をすべきであり、その恩に応えるべきである。そして、その恩に応えるために、私たちは、日々修行に努めなければならないと説きます

補足---儒教における恩

   日本の文化に影響を与えた宗教思想は、神道と仏教に限ることはできません。なかでも、儒教思想は日本の社会や文化に大きな影響を与えてきました。道端(1979)によると、仏教の経典に恩という言葉を見いだすのが容易であるのに対して、儒教の古典の一つである『礼記』では「恩」の文字の出現頻度は少ないといいます。しかし、『礼記』には「恩は仁なり」という言葉が述べられています。仁は、儒教の中心的な概念であり、人と人の親愛の情です。道端(1979)によると、仁は親子の感情=孝から始まりますが、孝は恩なくしては考えられません。このような意味で、恩は仁に結びつくのだと解釈されています。つまるところ、恩は、儒教においてもその重要性はかわらないと考えられます。

感謝について考える際の示唆  

 このセクションでは、日本における主要な宗教として、神道と仏教という2つの宗教をとりあげ、それぞれの宗教における感謝の意義を探りました。その結果、私たちが感謝について探究を進めるにあたって、次のような示唆が得られました。 

  

感謝の機能の二面性

 第一は、感謝のもつ、規範と幸福の二面性です。感謝は、人間としてあるべき姿、規範の一部であり、また他方で人々に幸福をもたらすものとされます――人は恩を知るべきであり(仏教)、自然-神に感謝をすべきである(神道)。他方で、感謝は人々に幸福をもたらすとされます(神道)。つまり、感謝は、規範と幸福の二面を併せもちます。

人間以外のものに対する感謝

 第二に、神道の考えからも明らかなように、これから感謝について探究するに当たって、人間に対する感謝だけではなく、p神、先祖、自然などに対する感謝も含める必要があります。感謝の対象は、宗教的信念や世界観と繋がり、多様性をもっています。

感謝に関する課題

  第三に、仏教の世界では、恩の内容についての議論が行われてきました。恩の対象は何か、どれがより重要か、どれがより基本的なのか、それらは互いにどのような関係をもつのかという議論です。感謝は、完結した体系というよりも未解決の課題を含んだものとしてとらえる必要があります。 

 


 文献 

  • 福崎孝雄 (2003).  『性霊集』における「四恩」について. 現代密教,16, 63-71.

  • 葉室頼昭 (2000). 『神道 感謝のこころ』. 春秋社.  

  • ひろさちや (1987). 『親と子のお経 父母恩重経』.講談社.   

  • 井澤正裕 (1995). 敬神生活の心得. 三橋健編著, 『神道』. 大法輪閣,  315-319.

  • 町田宗鳳 (2009).  『法然を語る 上』. NHK 出版.

  • 松長 有慶(1995).  四恩説の再検討.  密教文化,  No. 189, 1-26.

  • 道端良秀 (1979). 儒教倫理と恩. 仏教思想研究会編 『仏教思想4恩』.平楽寺書店,131-148.

  • 壬生台舜 (1975). 仏教における恩の語義. 壬生台舜編『仏教の倫理思想とその展開』. 大蔵出版, 305-350.    

  • 水野弘元 (1972) .『仏教要語の基礎知識』. 春秋社. 

  • Naito, T., Washizu, N. (2021). Gratitude to family and ancestors as the source for wellbeing in Japanese. Academia Letters, Article 2436.  https://doi.org/10.20935/AL2436 https://doi.org/10.20935/AL2436

  • 中村元 (1979) . 恩の思想. 仏教思想研究会編, 『仏教思想4恩』. 平楽寺書店,  1-55.

  • 渡邊照宏・宮坂宥勝 校閲(1965).『日本古典文学大系71空 海 三教指帰, 性霊集  pp.381-382. 岩波書店

  • 柳田国男 (1975). 『先祖の話』 筑摩書房

 
 
 
 

注1 

 恩と感謝は、他者から恩恵を受けたときに生じる観念や感情である点では共通するものの、それぞれが意味するものは異なっています。恩は「君主・親などの、めぐみ。いつくしみ」を指すとされます(『広辞苑第六版』岩波書店より)。また、「恩を知る」「恩を忘れない」という言葉があることを考えれば、「恩」は、与えてくれた恩恵そのものやその行為を指して用いられるといってよいでしょう。それに対して、「感謝」は、恩恵を与えてくれた相手に対する感情や、その感情を表す行為を指しています。したがって、「恩」=「感謝」という訳ではありません。このように考えると、仏教においては、感謝の心をもつべき前提として恩の認識が説かれているともいえるかもしれません。

日本語以外のバージョンは、機械翻訳による試作です。